昨日と同じ朝を迎え、昨日と違った時間に家を出る、今日はいつも通りの登校時間、霧野より遅れることはないし誰よりも先にサッカー棟を開けることだってできた。
誰の邪魔もされずに彼女と朝食も済ませたし、精一杯の愛情も注いできた、故に伝わらない、故に曲がる愛情、彼女は自分に向けられたものが偽物でしか感じられないんだろう?
嗚呼、切ないな、だけれどこれはお互い様。

どんよりとした空だったけれど、じきに晴れるだろう、雲の隙間から覗く日の光に眩しく思いながらグラウンドの準備をして霧野とアップを終わらせる。
次々と来る部員達に挨拶を交わして、いつもと同じ朝練を始めた。
ただ一つ違うのは一年生の会話、普段なら宿題や持ち物、お互いで答え合わせするような会話ばかりなのに、今日ばかりは影山に一点集中だ。
昨日の時点でそわそわしていたのはわかっていたが、流石平均年齢12.5歳、次の日になればすぐに言葉なんて出る。
そんな俺も気になって黙り込んでしまうのだが。



「昨日の先輩?」

「そーそーあの綺麗な人」

「いったい誰なの!?」

「ちょっとした知り合いだよ、叔父繋がり!」

「え〜」

「輝はその人のことどうも思ってないの?」

「えっ!?」



甲高い驚きの声を上げて影山が固まった、のと同時に俺も固まってしまう、霧野たちの言葉など無視して自分の脳内の整理を始めた、違うだろうと、細いつながりだろうと、言い聞かせるだけでみっともないったらありゃしない。
すっかり頭悩ませている影山の行動に俺だって頭が悩む、そこは頼りになる先輩、でいいんじゃないのか?なぜそこまで考える必要がある?
不思議でたまらない、上に心臓がバクバクして仕方ない。

ごくり、と喉を鳴らすと同時にチャイムが鳴った、第一チャイム、これは部活動終了の合図で、俺たちは急いで片付けてその場から教室へ向かう。
なんてことだ、肝心な部分を聞けていない。
落ち着きのない心を無理矢理押さえ込み、第二チャイムが鳴る中下駄箱へ急ぐ。

するとそこに登校時間である紫苑がいた、勿論、目はすっかり彼女を追っていて、いけないいけない、と頭を左右に振ると、後ろからマネージャーが慌てて入ってくる。
一瞬で見えなくなった紫苑に、寂しいとも思うが、どうしようもない、彼女の提案を無視して学園生活を悪くしてしまうつもりもないし、彼女を過ごしにくくするつもりもない、今はまだ、これで満足するしかないんだ。

数秒動かなかった俺に霧野たちが、誰をみてたんだよ〜、なんてにやにやしながら聞いてくるから、頭痛がしただけだ、なんて苦しい言い訳を言ってしまった。
我ながら落ちたものだ。
いつもと違ってつまらないと思ってしまう授業を初めて、サボりたいと思った。そんなことしないけどな。










あっという間に放課後だ、何かが起きたわけじゃない、極力廊下へ行くことや食堂で昼食をとるという行動をなくしただけ、ただそれだけ。
できる限りの行動を抑え紫苑との接触を避けた。
なぜこうなると予想できて俺は、あんな条件を受け入れたのだろうか、きっと彼女の気持ちを考えての結果なんだ、と、同じことの繰り返しだろうな。

正直、あの時は君の両親が、なんて言ったものの、本当は一緒に暮らしたくないと言われる方が嫌で、条件でもなんでも受け入れて、君を傍に置きたかったからなんだ、なんて今更言ったって全ては無意味。
満面の笑みで安堵して、彼女は不安にならなかっただろうか?俺が彼女ではなく彼女の両親との約束をとったように見えなかっただろうか?
こんな不安も無意味、勿論見えていたに違いない、今日も俺は深いため息を付くばかりだ。

窓際で一人、強い風にあたりながら周りからしたらくだらないことを考える、外を見ればどこからでも楽しげな声が聞こえ、ますます落ち込み気味になる。
耳を澄ませれば隣のクラスの窓際の者たちの声も聞こえるし、鳥の囀りや道路からの不協和音、スポーツで動き回る生徒の足音や砂利の擦れる音、こんなにも邪魔なく聞こえるのは、どうもいけないな。



「なんだ、何か用か?」

「あ、はい」



その時、突然自分のクラスの入口から聞き覚えのある声と自分のクラスメイトの話し声が聞こえた。
あんなに眼中のなかった少女がいるとわかればすぐに振り向き、は、しない。
ここで我慢しなければ彼女に大きな負担がかかる、澄んだ声は騒がしい中でも俺の耳を通過してなんて心地いいんだ、このまま眠ってしまいそうだよ。
瞳を閉じて紫苑たちの会話に耳を傾ける、朝から盗み聞きばかりして神経は疲れきっているがこの際仕方ない、もう中毒とも言えるんだ。

しかし何の用だろうか、楽しげに話しているが聞けば委員会等だろう、時折紙の擦れる音が響き、プリントを持ってきているんだと分かる。



「この書類について、神童くんを呼んでいただきたいの」

「ああ、わかった」



目を見開いた。
いやしかしこれは学校行事、そろそろ生徒会選挙も控えているし、その件に過ぎないのだ。
しかしやり過ごせるか?まだ自由時間は始まったばかりだ。
どうしようもない、一生懸命顔の緩みを抑えて声をかけられた瞬間に整える。

俺宛か?
婚約者の前に行けばいつもと違う貼り付けられた笑顔で、書類を数枚渡された。
少し、どころかだいぶ、心が痛い。恋とは面倒だな…霧野…。
内容は至って簡単で、今後の行事についてだった、嗚呼そうか俺はこのクラスの委員長だったな…。
いくつかの説明を受けて数分、全て頭に叩き込んだにも関わらず、去ろうとする紫苑に咄嗟の引き止め。
すまない、ここではうるさくて頭に入らないから場所を変えないか?
もう一度説明をさせる気はないのだが、避け続けていた彼女からの接近にいてもたってもいられない、俺のクラスメイトのくだらない野次を軽くあしらって彼女の返事を待つと、いとも簡単に断られてしまった。
今後の委員長会議に出てください、そこでまたお話がありますので。
あとは自分で確認しろ、という意味でのプリントなのだろう。
すまない、と、ありがとう、をぎこちなく告げたあと、紫苑は綺麗に笑って去っていった。
五分、は話せたと思う、それが心の底から嬉しい、俺はいつのまにこんなにあの子を好きになっていたんだろうか。
だけど彼女は違う、これは紙に敷かれた俺たちに無理やり引いた一本の線のようなものだ。それだけ細く消えそうな繋がり。

折角話せても、上辺で話すべきでしかないとわかれば、俺も今後は本気でいかなければならないと、深く感じた。









それでも尚繋がっていると信じたい。



(拓人さん…ごめんなさい…)

(仕方がない、我慢強くなろう)



どうして人は交差しなければいけないのだろうか。
それが本質であっても、時に疎ましくなる。





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