きゃっきゃきゃっきゃと楽しんでいる様子の女子とは違い、優勝のみを目指す男子は今も尚汗だくで、チーム分けして挑むにしても応援等で感情が荒ぶっている。 俺もその一人で、今はキャプテンではないけれど、まだ俺のことをキャプテンと呼んでくれる天馬とともに目の前のチームメイトに熱くなって応援をする、しかしそれも自分のためであり、この戦いの勝敗は気にしてなどいられなかった。 そうだ、彼女の言葉と行動に、動揺と嫉妬が隠せなかったことが恥ずかしかった、つい睨んでしまったことを後悔して忘れようとして叫ぶんだ。 つまらない男だと愛想をつかれたっておかしくない。
なぜ俺はあの時、あんな笑顔で受け入れたと思う?当たり前だろう、彼女の気持ちを考慮しての答えなのだから。 きっと彼女はまだ慣れていないんだ、この現実を受け入れられないんだ、表面上では俺を信用しているフリをしているが、いつかがくればそれもまやかしなんだ。
俺の腕で寝てくれたって俺を優しく起こしてくれたって俺が彼女を好きでいたって俺が彼女を信用していたって、彼女は俺が怖いから失敗しないように必死なんだ。 そう、きっと家を潰さないために、その小さな体に不安を押し込めて、どうにかしてこれを成功させ家を守りたいんだろう、きっと俺は彼女の道具に過ぎないのだ。
「ああおしい!」
「仕方ない、霧野だって疲れてきているんだろう」
「そうですよね…よし、キャプテン!次は俺たちの出番ですよ!」
「ああ、勝つぞ!天馬!」
「はい!」
だが、俺はこの戦いにすら興味はない。
視界の片隅に入る紫苑の美しい微笑みが見えれば俄然やる気も出るというもの、しかし近寄れない話すこともないましてやどうあがいたって関わりを持ってはいけないんだ、頭がおかしくなりそうだな、家では平然とする毎日は始まっているのに、学校では無関係の他人でいなくてはいけないのだから。
いつだって情けなくなる、彼女の支えでいられないこと、彼女を怖がらせてしまうこと、そう、近づいてはいけないのだ、この場では、一切。
木陰で休息を取り友人と楽しそうに話している姿をちらりちらりと見るだけでも安心する、風が吹けば髪をおさえ、砂が舞えば瞳を閉じ、ハプニングが起こればそれを見て笑う、凄く自然なことなのに自分の前ではないからか、切なくなる。 そんなことどうでもよくて、俺は今それらを忘れるべくに体を動かした、今は天馬もいる、周りではサッカー部の奴らも見ている、ヘマなどしていられない。 彼女がいるだけで力を発揮できた俺はサッカーで鍛えた脚力で今やっている球技、バレーボールに専念する。 結果は勿論勝利を手にしたが、どうもすっきりはしなかったようだ。
「午後練もお疲れ、神童」
「ああ、霧野もな」
すっかり日も暮れて、軽いだろうと思っていた条件をやっとの思いでクリアできた気分だ、まぁまさにその通りなんだが。
今日も適当に家の用事がある、と伝えて先に準備を終わらせサッカー棟から出る、つけられないように急いで行きあたりを確認、特に誰かに見られていることがないとわかれば心の底からの息がつけた。 はぁ。 肩がすんなり下がるのを感じると、くしゃりと表情が歪む。 昼間のことも聞きたいが、まだ、まだそこまで行けてはいない。 いつもと違う帰り道を通ることにした俺は穏やかな街に足を運び、可愛らしい雑貨店に普段なら恥ずかしくて入れないのだが足が竦むこともなく進んでそこに行く。
ぐるりと店内を見渡すと、やはりそこには女性の客が多く、今更ながら恥ずかしくなる、しかしここで退却しては意味がない。 俺は少しでも自分の好感度と信用度、俺への信頼度を上げたいがためにプレゼントなんてものを用意しようと思ったのだ。 いつも霧野に、それでも高い、って言われているから今日は抑え目にして、シルバー調で薔薇の形のキーホルダーのその中心部に紫色で埋め込まれた光り輝くガラスがあるシンプルなものにする。 ぺ、ペアルックなんてものはまだ早い…俺は少し考えたあと、ガラスの色が違う同じものをもう一つ買い、自分のものとして鞄の奥深くに隠した。
まだオレンジ色だった空も真っ暗で、気づけばもうすぐ七時を回る、俺は急いで家に帰ると使用人たちがとても心配そうに出迎えてくれた。
すまない、と謝ったあと靴を脱いで足をあげると使用人が道を開ける、いつもと違うことに驚いて顔も上げれば泣きそうな紫苑がそこにいた。
「紫苑…」
「拓人さん…よかった、おうちのお電話でおかけしてもでないものですから…」
着信、ハッとして自分の携帯を見ればざっと五件ほど、全てうちからだ。 夕飯の匂いと風呂からする独特な香りが鼻に付けば、紫苑は何一つやることをしていなんだな。 夕飯も、風呂も、何一つ。 らしくないがそこが嬉しくて、気の抜けた笑いがこみ上げる、なんで笑うんですか!、なんて言ってくる紫苑には悪いが、今のお前の行動全て、嬉しいんだ。
駆け足で彼女のもとへ行き思い切り抱きしめる、ただいま、そう呟けばおかえりなさい、と言われる、が、俺の背に手は回されない。 いつもと同じだった、変わりなどしなかった、スキンシップをするのは俺だけで、彼女が返してくれる、ましてや彼女からのスキンシップなど殆どないのだから。 それでもいいんだ、俺と一緒にいて、これから、俺を知ってくれれば。
夕飯にしよう、彼女の腰に手を回し、慣れていないエスコートをして夕食の席へ向かう、時々寂しく思うが、それも仕方ない、だって俺たちの生活はまだ始まったばかりなのだ。
「上がったのか?」
「はい、遅くなりました」
「いや、俺が先に入ったことがいけなかった、すまない」
「そんな…」
それをいうだけで落ち込んだ表情を浮かべる紫苑。 単純なんだろうか、いや、やはり天然なのだ。 夕飯を済ませお互い風呂まで終わったあと、ピアノを弾いていたところゆっくりと扉が開く、それが目に付けばすぐにやめて彼女に駆け寄った。 昨日と同じでまた雫を滴らせている紫苑の髪を拭いソファーにつれていき乾かしてやると、出会った頃から変わらないさらさらとした髪が揺れ、自分と同じ香りを漂わせる。 すんすん、と何度か嗅いでしまう、くすぐったそうに笑う紫苑に後ろから擦り寄って、学校での鬱憤や愛情を今、さらけ出すのだ。
ずっとこうしていたい、だけど願うことはないそれに、昨日の自分の言葉を訂正したいぐらいには後悔していて、でも時すでに遅し、俺は明日も同じ一日を過ごすのだと思うと、実は今から憂鬱でならないんだ。
早く、早く彼女との距離が埋まればいいのに。
(拓人さんに近づきたいのは、本当よ)
明日がまたくるんだな、いっそ、ずっと休みであればいい。 紫苑、俺の我が儘を言ったら受け入れてくれるか?
どうか見つめることを許して欲しい。
(拓人さん、今日はどうでした?) (楽しかったよ、特に年に一度の行事だっただけにな) (それはよかった…)
君は俺が何をしていたのかはわからないだろうけど、 俺は君を見つけるたびにきっと見つめてしまっているんだ。 どうか友人に、そして彼女に、 隠し切れますように、どうか、神様。
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