01.一日目。
「私と付き合ってくれ」
「いいですよ」
そんなやり取りがたった今終わった。 私、春野小鳥は彼の罰ゲームとやらに無理矢理付き合わされてしまったのだ。
昼休みである今の時間から遡ること十分前、教室で騒ぎに騒いでいたのは孤児院組だ、彼らはやたらと身内といるのを好み私たちのような外部扱いされるもの達とはまともな会話なんてしたことがない。 そんな中聞いてしまった内輪もめの内容は実にシンプルである、この年の男子中学生なら誰もが通るだろうと思われる、幼稚でくだらない遊び、そんな遊びに付き合ってあげる自分はなんて優しいんだろうか、勿論こんなの自分のためだということは内緒だけれど。 涼野風介、私はこの男に恋をしているなんて、絶対に言わないぞ。
「一週間、恋人の真似事をしてくれればそれでいい、やりきった時には何かひとつ言うことを聞いてやる」
「もしこれを断っていたらどうしていたんですか?」
「敬語はやめてくれないか?」
「質問してるのはこっちです」
「…まぁ、ほかの女生徒にでも言うよ」
「ふふ、自意識過剰なんだね」
「まぁな」
絶対に私が受けると知っていたことにも驚くが、敬語のほうが心地よさそうだと偏見を持っていた自分に対しての返しにも驚いた、上に扱われるの好きそうなのに。 渋々と見れる彼の表情、そんな顔しながらも真面目なところが垣間見えるのがこの差し出された手だ、これは明らかに一週間よろしくおねがいしますといったところだろう。 私はまた一呼吸おいてから笑い、その手を優しく握り返して、よろしく、と言えば無表情なそれが綺麗な華を咲かすように笑顔になれば律儀にこちらこそ、と返された。 それがたまらなくて、だけど一週間という短い期間に黄昏るように思いを馳せてもいる、ずっとこのままでいられればそれでいいというのが本音だ。
「さて、小鳥」
「…へ?」
「何を驚いている、風介、小鳥、恋人ならファーストネームだろう?」
「あ、いや、私の下の名前知ってるんだ」
「当たり前さ、クラスメイトだからな」
「うん、そうだね、風介」
「それでいい、もどるよ、小鳥」
「うん」
今日一番のサプライズだった、まさか名前を覚えてもらえているとは思ってもいなかったのだ、微笑むように笑ったそれは見たこともない貴重なものだと感じてにやける口元を隠すように顔を伏せていると握られたままの腕がゆっくりと引かれた。 あの時教室にいた生徒ならこうなったいきさつもわかるだろう、ただ怖いのは下級生に人気のある彼の一時的にも恋人になったあとのことだ、広まれば自分も可愛いまま終わらないなぁ。 これからの一週間、それらしいことができなくてもいい、彼を名前で呼んで周りに自慢できる、それだけでいい、私が受けた理由がどことなく彼にバレてもいい、彼が好きだからとことん利用したいのも本音だから。
でもまぁ、一週間、とはとても短く記憶にも残らないだろう、いつも通りにいられればいいかな、いやいつも以上には一緒にいられることを願うね。
「受けてもらえてよかったよ」
「どうして?」
「まだ幾分か話したことのある女生徒の方が安心するからね」
「それ図書室でのこと言ってる?」
「ああ、勿論今日も行くのだろう?」
「ま、行くけどさ」
「私も一緒に行くから、声をかけていけよ」
そんな会話をして教室についたころには冷やかすように一部が声をあげる、あーあーこれだから男子は、と思うのは女子の特権かな。
全ての授業を終えたあといつも図書室で予習をする私に本を読む風介、私たちが最初に出会ったのもここだった。 図書委員である私が暇で仕方がない時間帯のときにふと予習をしているところに風介が本を借りに来たのだ、数秒見つめたその綺麗な顔と目が合って急いで手続きを済ませようとしたとき、何か顔についていたかと聞いてきたのがこの男だった。 あまりにも綺麗で透き通る、長いまつげや色白なところをみればその髪色が自毛だと分かり息を飲み込んで綺麗すぎです、と言えばその顔が綻んだのだ。
「風介、行くよ」
「ああ、そういえば小鳥、さっきの授業の問…」
勉強の話、それで場を盛り上げるなんて今時の中学生らしくないけれど、それがとても心地いいのは彼らしいと思っているからだと思う、笑う顔も怒る顔もまだ見たことない顔も今から楽しみで仕方ない。 一週間、今日はその最初の一日目、私は嬉しくて浮かれた足取りでその話を聞きながら図書室へ向かった。
「私を選んでくれてありがとう」
「君とは話が合うからね」
優しく微笑むそれは私が家に帰るまで続く、送り迎えも一週間してくれるのだ。 一週間後なんてこなければいい、うまくいけばいいけれど。
「なんでも言うこと聞くなんて、ふとっぱらね」
「荒んだものはお断りだぞ」
「何それ」
ああもう、好き。
一日目。 (今日はありがとう、また明日) (…小鳥、携帯だして) (ん?はい) (借りるよ、…はい、ありがとう) (え?) (何かあったら連絡しろ、それじゃあ) (あ、うん、また)
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