AKOL Vol.1 本文SAMPLE







「時間もあることだし、ちょっと休もうか」

「え」
 アスランが驚いている間に、上司はスタスタとエントランスに設けられた休憩所に向かう。
 社員はもちろん、社へ訪ねてきた人たちの利用も可能なそこは、いくつかがパーテーションで区切られており、簡易の打ち合わせスペースにもなっていた。現在、何人かが打ち合わせをしているようで、雨音に混じって談笑が聞こえる。
 チラリとそれを確認しながら、アスランは仕方なく上司に続いた。座るやいなや、彼は堂々と机に頬杖をついて窓の向こうに視線を向ける。
「雨すごいね。このままサボりたいな……」
 そして上司の発言にアスランは耳を疑った。
「あの、」
「あーあ。桜散っちゃうね……まあ僕、桜嫌いだけど。くしゃみ止まんなくなるんだよね。ザラさんは花粉症?」
「……いえ、特にそういった症状はありませんが……」
「え、いいなあ。ってそっか、ザラさん今まで海外だったから花粉症とかってないのかな?」
 アスランの話をほとんど聞かずマイペースを貫く上司に、内心、少しだけ苛立ちが募る。それでも彼の生真面目な性格から、問いには律儀に答えた。
「私の住んでいたところは秋の花粉症がひどいみたいですね」
「へぇ〜、そうなんだ」
 他愛もない話をしながら雨足が弱まるのを待つが、ひどくなる一方で回復の兆しは見られない。雨粒が次々とガラスに跳ね、派手な音を立てた。
 会話のネタが尽きたのか、上司は携帯電話を取り出して何やら操作している。手持ち無沙汰になったアスランは何となく窓の外を見た。機嫌を損ねた空は何かを訴えるように雨を降らし、先ほどの上司の言葉通り、桜はそれに自身を委ねるのだろう。

 ふと、このままでは約束の時間に間に合わないのではないかとアスランが思ったその時。カシャというシャッター音が聞こえて、アスランは窓に向けていた顔を正面に戻した。
「ザラさんてイケメンだよねー」
「ヤマト……課長?」
 眩暈がしそうなのをぐっと堪えて、アスランは恐る恐る口を開く。先ほどの音の出所が目の前の人物だとは認めたくなかったのだ。
「見てよ。ただ横向いているだけなのにさー」
 しかし彼は全く意に介さず、携帯の画面を部下に向けてにこりと笑う。そこにはアスランが写っており、やはり先ほどのシャッター音は上司だったのだと認めざるを得なかった。
「消してください」
「えー、待ちうけにしちゃおうと思ったのにな」
「……仕事。取引先行かなくていいのですか?」
 相手は上司だとアスランは言い聞かせて、努めて冷静な口調で話しを進める。実際は盛大にため息をついて携帯電話をへし折りたい気持ちだったのだが。
 だが、その冷静さをぶち壊すかのように上司はいっそ無邪気に答えた。
「うん、大丈夫だよー。さっき雨がひどいので行けませんってメールしておいたから」
「はぁ?」
 上司だということも忘れて、アスランは頓狂な声を上げる。
 その理由にもさることながら、社会人としてメール一本でアポイントを取り消しにするなど、アスランにとって考えもつかないことだったからだ。
「だったら……っ、でしたら、このようなところで油を売っていないで他にも仕事が……」
 アスランは身を乗り出す。ガタッ、と椅子が音を立てて、周囲の視線を集めた。
「落ち着きなよ、ザラさん。超目立ってるよ?」
 上司の指摘にハッとして、緩く息を吐き出しながら椅子に座り直す。
 取り乱した自分が情けなかった。
「申し訳……ありません」
「対応を心配しているなら大丈夫だよ。担当者とは仲いいし、そもそも向こうから天候を心配して日を改めましょうってメールがきたんだからさ」
 その言葉にアスランはますます情けなくなった。つまり全てお見通しだったというわけだ。
「もう少ししたら戻ろうか、君の言う通り仕事、溜まっているしね」
 腕を頭の後ろにやり、椅子に寄りかかってマイペースを貫く上司。こんなにものんびりとして適当な態度だというのに、若くして上に立つ理由がわかった気がした。

(俺には……真似できない)

 自分とは間逆の人間で、まざまざと能力の差を見せつけられて、アスランは歯噛みした。


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