僕とおさななじみと車のはなし





アスラン誕生日おめでとう! とは全く関係のない走り屋?アスランの話。







それは、この話の主人公―キラ・ヤマトが大学2年になってから始めたバイトの帰り道でのことだ。
大学生になってから一人暮らしを始め、同級生に誘われるがまま合コンや飲み会に出かけ続けた結果、両親から貰っている大切な仕送りに手をつけてしまったキラは給料が良いというそれだけの理由で深夜のコンビニバイトをしている。

交代のバイトが来たのでさっさと着替えて裏口から出ると、ぴゅうと吹きすさぶ風。秋も深まった今日この頃。時間帯は早朝に違いなかったが、朝日が差すのはまだまだ先で辺りは夜といっても差し支えないほどに暗かった。
マフラーをしっかりと首に巻きつけ、ぎゅっと身を縮こまらせる。吐いた息は夜目にも白かった。

「うう、寒いよう」

背を丸めていつもより歩くスピードを上げる。
と、そこへ背後からけたたましい音が響いた。キラはああ、またかとため息をつく。
歩みは止めないまま、静かな街中を切り裂く迷惑なエンジン音に顔を顰めた。

ここら一帯は高い山に囲まれた地で、上り下り共に坂道に恵まれており、夜な夜な自慢の車を走らせている人たちが多い。いわゆる走り屋と呼ばれる人たちだ。
キラは車の免許を所有しているものの、車を持たないペーパードライバー。一度だけ免許とりたての友人に連れられて、その山道を走ったことがあるが、ぐねぐねと曲がりくねった道にあっという間に酔ってしまった。
そんな経緯もあって、キラは好んであの道を走る人たちの何が楽しいんだろうと思っている。
駅への道を急いでいると迫ってきていたうるさい車が真横を過ぎていった。その後を何台かの車が通り過ぎていく。

早朝のわりに車が多いなと思いながら、キラは歩みを止めることなくほんやり見ていると、そのうちの一台が左にウインカーを出して止まった。
そして運転席から出てきた人物に目を見開く。

「アスラン!?」
「ああ、やっぱりキラだ……」
「え、どうしたの? なんでここに?」

キラが駆け寄り、矢継ぎ早に問いかけてしまうのも仕方のない話だった。
アスランとは親同士が仲良く幼少期からずっと一緒の幼馴染だったが、彼が高校進学を機に引っ越してしまったため、それ以降、疎遠になっていたのだ。

「ああ、まあちょっとな……とりあえず乗ってくか?」
「え、いいの?」
「久しぶりに会ったんだし、お前ともう少し話したい」
アスランは小さく微笑んで、助手席にキラをいざなうのだった。





「ん? あれ? アスラン、これシートベルト?」
「ああ、普通にここから伸ばして……」

アスランは言いながらもキラに覆いかぶさるようにしてシートベルトを伸ばし、着用させる。
アスランの髪が鼻先に触れそうなほど近づいてきたので、ビックリしたキラは少しだけ仰け反った。すると不思議そうな顔を向けられ、気まずくなる前にと若干、視線をさまよわせながら口を開く。

「そ、そういえばなんかアスランの車なんかすごいね」
「なんか?」

言葉の意味が分からないと整った眉を微かに寄せ、アスランは首をひねった。

「えっと、シートとか! 僕も一応免許持ってるけど、こんなシートの車乗ったことないよ。遊園地のジェットコースターみたい」
「ああ、これはセミバケットシートって言ってな……」

途端に饒舌になった幼馴染に、キラは苦笑を漏らした。きっと車が好きなのだろう。キラには半分も理解できなかったが、夢中になって話した。

「そういえば時間大丈夫か?」
「ん? えーと大学は午後からだし、大丈夫だよ」

脳裏に予定を思い浮かべながらキラは頷く。アスランはほっとした表情を浮かべて微笑んだ。

「そうか、じゃあドライブがてら少し話しをしよう」
「うん!」

嬉しい誘いにキラは二つ返事で返した。
滑るように走り出すアスランの車。
自然なシフトアップにキラは目を輝かせた。

「すごい! 僕めんどくさくてオートマ限定で免許取っちゃったんだけど、マニュアルで取った友人の車に乗ったときはすんごく揺れてさ……どうやったらできるの?」
「こういうのは感覚だからな……」

困ったように眉尻を下げながらも丁寧に説明してくれる。
基本的にキラが話してアスランが頷いたり呆れたりと相槌を打つような会話だったが、とても盛り上がった。
離れていた時間など全く関係なく、楽しい時間は過ぎていく。早朝のため信号に引っかからず、あっという間に市街地を抜けた。

ふとキラが窓の外に視線を向ける。そこには見慣れた町並みがあった。

「あ、この先に僕の住んでるアパートがあるんだけど……」

自然と声が沈む。

(せっかく会えたのにな……)

もう少しアスランと喋りたかった。
別に仲違いをして離れたわけではない。連絡を取らなかったのはお互い思春期で何となく恥ずかしくタイミングを逃しただけであって、キラはむしろ彼に甘えてばかりで両親―特に母親にはたしなめられたものだ。
それが伝わったのか、彼は急に進路を変える。

「アスラン……?」
「時間あるんだろ?」

彼の問いかけの意図を正確に理解したキラは満面の笑みで頷いた。


アスランの車は2車線の山道に差し掛かる。
そこはキラが以前に酔ってしまった上り坂だったが、スピードは落ちていないのに揺れは少なく車内は快適だ。キラは幼馴染の新たな一面を発見して、ほんの少しだけ頬を赤らめる。そんな余裕があるくらいアスランの運転はうまかった。

(文句なしに、かっこいいなあ)

今は正面を向いている彼を、ちらちらと見る。
あんなに頭が良かったからてっきり大学に進学しているかと思えば、アスランはすでに会社勤めをしているという。一足先に社会に出ている彼は、キラの知る同級生たちよりもずっと大人に見えた。
今日は久しぶりの休みで、ずっと乗っていなかった車を走らせるために夜通し走ってこの町までやってきたらしい。おかげでキラに出会えたと話した。

(家から遠いコンビニだけど、あそこにしてよかった)

全身が喜びに包まれる。嬉しい嬉しいと叫ぶ心を抑えるのが大変だった。

―と、その時。

アスランの車の後ろからブオンと耳をつんざくようなマフラー音が響く。そして強烈なヘッドライドがアスランの車を照らした。聞きなれた音にキラは顔を青ざめさせる。ぎゅっとシートベルトを両手で握った。

「ア、アスラン……ここら辺、あんな風に走る人多いんだ、気をつけてね」
「ああ、わかった」

キラの不安がる様子に、車を移動手段としてではなく走らせる目的で利用する奴等が多いことがわかる。アスランとしてはただ普通に走行していただけだから、サイドブレーキでも引いてやりたい気分だったが、いかんせん今は助手席に人を乗せているのだ。
ゆるやかに車を左に寄せ、ウインカーを出した。
追い越してくれというサインだ。
普通ならそこでハイビームをやめて追い越していくのだが、しかしその車はそうはせず、ぴったりとアスランの車に引っついて停車した。
煌々と灯る光が、相手の車を―赤いスポーツカーだということを教えてくれる。

「な、何これ……」
「……挑発、だろうな」
「挑発……?」
「勝負しろ、とでも言いたいんじゃないのか?」
「しょうぶ……?」
「大人しく追い越せば良いものの、ここらのクソガキはよほど身の程知らずらしいな」
「えっ勝負? な、何の? てかアスラン?」
(もしかして怒ってる?)

事態が飲み込めずキラがあわあわしていると、室内灯をつけたアスランが自分とキラのシートベルトを外した。

「え?」
「こっちのシートベルトに付け替えてくれないか?」

問いかける形にしながらスルスルと背後から引き出したシートベルトをキラに固定していく。息が触れ合うほどにアスランの顔があった。心臓が跳ねる。
キラは息をつめて体が不自然に震えないよう堪えた。3点から4点シートベルトに変更し、がっちりとシートにホールドされ、キラは身動きが取れなくなる。
戸惑っているうちにアスランも同じようなシートベルトを装着した。
室内灯を消灯してウインカーを取り消す。
そして思い出したようにキラに声をかけた。

「巻き込んで悪いな、キラ」
「え?」
「この車はあまり足回りを強化していないんだが……」
「んん?」
「まあ大丈夫か」
「えと、、アスラン…?」
「舌噛むなよ」
「あ、うん」

素直に頷いてから、何やら会話がおかしいことに気がついた瞬間。
絶叫した。

「うわあああああああああ」

ぐん、とGがかかって前のめりになる。
が、変更したシートベルトのおかげですぐに持ち直した。前方には挑発してきた赤い車。ウインカーを取り消した瞬間に走り出すのが見えたが、そこでようやくアスランの言葉の意味が理解できた。
アスランは挑発を受けて、勝負しようとしている。
車はちょうど下り―ダウンヒルに突入した。

キラの横にいた優しいアスランはすっかりなりを潜め、剣呑な眼差しを見せる。その様はまるで獲物を狙う鷹。ふとアスランの足元を見ると、押し込むように右足の踵で踏まれたアクセル。ブレーキを右足のつま先、クラッチを左足で器用に操ってギアを前に倒し、コーナーに突っ込んでいく。
眼前に迫るコーナーブロックにキラはヒッと悲鳴にも似た息を飲んだ。ぎゅっと目をつぶると体が多少揺れただけで予想した衝撃はこない。そろりと目を開けると派手なスキール音はするものの、瞬く間に景色が過ぎ去っていった。

(すごい、すごい……!)

何に対しての賞賛なのか、キラ自身よく理解していない。ただ言えるのは彼のドライブテクニックは素人目にも高度だということはわかった。
明らかに先にスタートしてスピードも出ていた先行の車がコーナーに入るたびにアスランの車に追い詰められていく。今や数十センチにまで差は狭められていた。
相手も追い越されまいとスピードを上げ、インコースギリギリを走行している。
小さな破裂音と共に文字通りマフラーから火を噴く車にキラは目を瞠った。
あのような車に勝てるのだろうか。
一抹の不安をアスランの車のエンジン音がかき消した。

「俺はそんなに諦めがよくない……対向車が来ないことを祈っていてくれ」

それは独り言か、それとも。
流れるような仕草に、キラは目を奪われた。
ギア、ペダルさばき、正確なステアリングが、スローモーションのように見える。
轟音をあげて隣に並んだと思った瞬間に、アスランは相手の車を抜いていた。そして直線で相手を引き離し、そのまま峠を猛スピードで下る。覗き込んだサイドミラーに赤いスポーツカーは見当たらなかった。





「……怖かっただろ、悪かったな」

沈黙を破ったのはアスラン。
市街地に入ってからゆるゆるとスピードを落として、こちらを見てきた。その瞳はキラの好きな色。
彼の目を見ていると、吸い込まれるように思考が鈍っていく。

(ああ、好きだなぁ)

勘違いだからと昔、押さえ込んだ気持ちはあっという間に蘇って。
一体きみは何者なんだ、とか離れている間に何があったのとか聞きたいことがたくさんあったけれど―。
あと少しで朝に空を譲るぼんやりとした月を彼の背後から眺めて、さて何から言おうかとキラは悩むのであった。




END

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