眠る前にその言葉が欲しかった







「アスラン、誕生日おめでとう」

気が置けない仲間たちの計らいで、アスランやキラが暮らす高官用宿舎にあるホールで開かれた彼の誕生日会。

そこには普段、制御工学で関わっているメンバーの他に、シンやルナマリア、メイリンにディアッカの姿もあった。
イザークは半年に一度の遠征が入り来られないようで、「貴様と違っておれは前線だ!」とディアッカと顔を合わせた途端に伝えられる。そんな憎まれ口を叩きながらプレゼント付きなところが彼らしかった。

苦笑してそれを受け取り、彼らと近況を話し合う。
シンがキラ付きの部下になって大変だという話や、ディアッカはかねてより興味のあった広告心理学について学びはじめたらしく、バルドフェルドが曲者だと嘆いた。
ルナマリアやメイリンはザフトの仕官学校に配置され、美人姉妹講師として有名だという。
同世代でも、元々職業に就いていたディアッカやイザークはともかく、学校を卒業してからすぐにザフトへと配属された彼らが、楽しそうに今を話すのを見て、時は進んでいるのだなと実感した。


久々の仲間たちとのリラックスした会話についお酒もすすむ。
それも手伝い、普段あまり話したことのない人たちと代わる代わる話しているうちに、キラがいないことに気がついたが、視線を巡らせるとシンたちと楽しんでいる様子が見えたので、ほっと息をついた。


そこへ、入り口が急に騒がしくなる。
アスランの耳にもそれは届き、喋るのを止めて顔を上げると、よく見慣れたピンク色の髪が見えた。

「ラクス!?」
思わず大きな声を出してしまい、それに気がついたシンが不思議そうに口を開く。

「あれ、言ってませんでしたっけ? あ、キラさんに口止めされてたかも」
そしてふと思い出したように、悪びれることなくアスランに告げた。
そういうことには従わず言ってくれたらいいんだと、談笑を切り上げ、護衛もつけずにやってきた彼女に駆け寄る。

現在、ラクスはプラントにとって平和を象徴する存在であるとともに、最高評議会議長という役職についている。デュランダル元議長の政策が潰え、新たに結ばれた条約によってブルーコスモスなどの反勢力派が崩壊しつつあるとはいえ、ラクスがこの職に就任してまだ1年と満たない。
以前より輝きの増した彼女のカリスマ性とて、完璧ではないのだ。いつどこで、誰に狙われるかわかったものではない。
彼女の付き人たちは今頃さぞ胃を痛くしていることだろう。それを考えるとアスランの胃も痛くなる気持ちだった。

「どうしてここに……」
「あらあら、わたくしだけ仲間外れになさるおつもりですか、アスラン?」

世間では未だ、アスランとラクスは恋仲で婚約者だと思われている。
ここで余計なことを口にすれば、ただでさえキラを気に入っているラクスのことだ。何をしでかすかわからない。
結局、ヘタなことは言えず、落ち着かないアスランはイエスともノーともつかない返事でその場を濁した。
ラクスもあえて追及することなく、にこりと笑い、ところで、と話題を変える。

「キラが先に向かった筈ですが、彼は今どちらに?」

緩やかに纏められたピンクの髪をふわりと揺らし、視線をさ迷わせた。

「キラならさっきまで俺の傍にいたんだが…ああ、いた。キラ、ラクスがー」
「あら、まあ…」

アスランは目が点になるとはこの事をいうのか、と冷静なもう一人の自分が呟くのを聞いた気がした。
片手にワインのボトル、もう片手にはシンを巻き込みくだを巻いている。

「キラ……!?」
「あー、アスラン、これおいしーねぇ」

ボトルに示された度数にギョッとする。
すでに軽そうなボトルは、相当量がキラによって消費されたことが見てとれた。
さっと取り上げると同時に、肩を抱かれたシンが文句を言う。

「ちょっとアスランさん! どうにかしてくださいよこれ!」
「む! これとはひどいよシンくん! 僕はこれれも君の上司なんらから!」

微妙に呂律が回ってない。
かわいい、などと思っている場合ではないとハッとしたとき、ぐいっと服を引っ張られた。

「君は主役なんらから僕に構ってないで、いってらっしゃ〜い」
「いや、でもお前……」
「ほらほら〜美人なお姉さまたちが君を呼んでるよ」
その言い方に少しだけムッとする。

(お前は俺のことが好きなんじゃなかったのか)

「では、わたくしがキラとおりますので、どうぞアスランは楽しんできてくださいな」
微かな苛立ちのまま、言葉を重ねようとしたところで、ラクスが口を挟んできた。有無を言わせぬ調子に加え、空気の読めないシンが「じゃあ行きましょう」とアスランの腕を掴んで離さない。

「シン!」
「そんな大きな声出さないでくださいよ〜アスランって馬に蹴られたいの?」
「はぁ?」
「あの二人の邪魔すんな、ってこと」
シンの言葉がうまく飲み込めず、彼の視線をたどると、キラとラクスが談笑していた。面白くない気持ちになりながら、シンの言葉を思い返す。まさか、と思ったところで彼は得意げな表情になった。

「議長とキラさん、仕事ではよく会うけど、やっぱ外聞とか変な噂立ったらまずいじゃん。ゆっくり話している様子もないし、こういう時くらい気をきかせなきゃ」
やはり、とアスランは肩を落とす。世間ではアスランとラクスの恋仲だと有名だが、一部にはキラとラクスが恋仲だと思っている人もいた。確かに彼らはヤキンから数年、生活を共にし、恋仲になった時期もあったが、今はもう特別な関係ではない。
誰にでも過去はあるものだし、そのことについてとやかく言うつもりはないが、いい気はしなかった。

(だが、そう思っているのは俺だけなのか……?)

相変わらず楽しそうに話すキラとラクス。
彼らは友人だ。ラクスだって普段の重責から解放されて、気の許せる仲間とゆっくりしたいこともあるだろう。

(キラは、本当は……)

アスラン一人では答えの出ない自問自答を繰り返し、誕生日の夜は更けていった。







「ということで今夜は解散だな」
「ああ…」

ディアッカの言葉にややぐったりとした声音で返すと、ばしんと背中を叩かれた。
突然のことに咳き込みながら彼を睨むと、「そんな怖い顔すんなって」と言われる。
何なんだと胡乱な眼差しに切り替えると、ディアッカはようやく口を開いた。

「お楽しみはこれからなんだろ、アスラン?」
「は? 何言ってんだ」
「キラと約束してんじゃねえの?」
「そんなもの……ない」

抑揚に欠けた声だが、アスランははっきりと答える。
キラは1時間ほど前に「ふああ…僕はそろそろ失礼するね。みんなごゆっくりー」とご機嫌な様子で自室に下がった。
あまり酒に強くないキラだが、酒は割と好きな方で、中でも甘いものを好む。そういうのはアルコール度数が高いからほどほどにしておけと毎回言っても聞かないのだから周囲は諦めの体だ。
二人で食事に行って、アスランが車を運転してキラが酒を飲むというのがいつものパターン。だから、酒を飲んだキラがそばにいない、というのはとても珍しいことだった。
そういえば、足元がふらついていたが大丈夫だっただろうか。

(いや、キラは俺がいなくても楽しそうだったじゃないか……俺なんかより)

「あーらら……」

暗い表情で黙り込んでしまったアスランに対し、何かを察したディアッカはアスランの肩をぽんと叩いた。

「ま、今日はまだあと2時間くらいあるし、きっといいことあるって」
「……そうだといいな」

ふーと大きなため息とともに吐き出し、後は頼む、とアスランも自室へ向かった。

高官用宿舎ということでセキュリティーには万全を期している。
ホールからエレベーターに向かうまで2度のIDカードとパスワードをクリアし、エレベータで再びIDカードを差し、稼動したのを見てからカードを引き抜く。
アスランが住むのは26階。このカードを抜き差しすれば住居エリアまで操作は不要になるシステムだ。

キラはこのシステムが面倒だと、早く仕事が終わると大体アスランの後をついて来ていた。今日、それがないのが妙に寂しい。

到着したエレベーターに乗り込み、室内の壁に背を預ける。昼間は気持ちの良い晴れだったため、側面の強化ガラスの外は、地球の星空を模した美しい夜空になっていた。


(……別にヤキモチ焼いてくれるなんて思ってないけど、そういえばキラから直接気持ちを聞いたことってなかったな…)

本日二度目の大きなため息をついて、体を起こす。
と、同時に目的の階への到着を告げる軽やかな音が鳴って、扉が開いた。

エレベーターを降りると、磨き上げられた漆黒の廊下が続く。
自室へと向かおうとしたその時、背後からぐいっと引き寄せられる力があり、振り向くとそこには到底いるはずのない人物がいた。
不機嫌そうな面構え。

「…遅い」
「…え、キラ…!? どうしてここ……っ」

住んでいる階が違う上に、1時間以上も前に会場を出たキラが目の前にいる事実を問おうとするも、キラの強引な口づけによっていずれも言葉にならなかった。
「僕が、妬いてないとでも思ってるの? …この、ドンカン!」

背中が壁に押し付けられて痛い。
でも、それよりも痛ましい表情がそこにあった。

「キラ……」
「いろんな人に囲まれてさ、アスランのこと知ってるのは自分だけだ、なんて得意げに話してる人もいて……僕のが絶対知ってるのに…! 僕しか知らない表情だってあるんだからね! 大体、僕ばっかりアスランのこと好きみたいでさ、アスランはどうなのさ!」

まだ酒に酔っているのだろう、キラは普段より大分饒舌で、感情を素直に表す。
痛ましそうな表情はすぐに眉毛を吊り上げて頬を膨らませた。

「悪い……ほったらかしにしてすまなかった」
アスランはよしよしとキラの頭を撫でたあと、キラを抱きしめる。

「好きだよ、キラ」
告げてから抱きしめる力を強くすると、背中を叩かれた。少し緩めると身じろぎしたキラがきゅっと抱きついてきて「僕も」と呟く。
心がすっと凪いでいった。


――一体何を心配していたんだろうな。

(キラはこんなに俺のことを考えてくれていたのに、自分のことばかり…。自分から言わなければ、相手にも伝わるはずがない)


愛しさが募り、アスランからキスしようとキラの髪を撫でたところで、彼はあ、と声を上げた。そしてはにかんでみせる。

「誕生日おめでと、アスラン」
「……ありがとう、キラ」

愛しい人からの言葉に心から微笑んで、二人は互いに唇を近づけた。




END

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ブログサイト「葵月」の更夜さんのブログに書かれていた妄想を勝手に形にして送りつけたものです。笑
朝チュンだったので、こっから先は想像にお任せいたします。




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