ぼくがいない世界の雨音は






「オーブって、いいところだよね」
窓ガラスに張り付いて、ポツリと呟く。

「ああ、いいところだぞ!」
独り言のつもりで言った言葉に返事があって、キラは少し驚き、執務に励む姉を振り返った。


「……うん」
微かに笑って、再び窓ガラスに張り付く。紙をめくる音と、時折鳴る豪快な判子の音、それ以外は雨の音が部屋を支配していた。
今まで生きてきた中で、こんな静かな時間はなかったからふっと瞑目して聞き入る。
心が満たされていくような感覚。


(きれい……だな)


ずっと聞いていたい衝動に駆られたが、自分の目的を思い出してとどまる。
今日、キサカさんに頼み込んで二人きりにしてもらったのには理由があった。


「ね……カガリ」
「んー?」
間延びした返事に、なんともいえない感情が沸き起こる。
本当はわかっているのだ、賢い彼女のことだから。
窓ガラスに額をぴったりとくっつける。
ひやりと冷たさがおでこ一帯に広がった。


「僕は、月で育って、それからずっとヘリオポリスにいたから、こんな風に振り続ける雨ってここに来て初めて体験したよ」

「悪くないだろう、雨も」
「……うん」
湿気が多くて私もお前も髪が広がるけどな、と笑って、カガリは仕事の手を止める。
キラもちょうど振り返って、窓ガラスに背を預けた。


耳を打つのは外から聞こえる雨の音。


静寂を破っているのに、心が凪いでいく。





「行くのか……プラントへ」
口火を切ったのは、カガリ。

「うん……」
それに頷いて、彼女の言葉を待った。

「そうか、……気をつけて、行ってこい」
「反対……しないの?」
「なんだ、して欲しかったのか?」
いじわるく笑って、質問を返すカガリに、キラはふくれてみせる。

「ハハ、もう大人なんだ、キラのしたいようにしたらいいさ。まあ危なかったら止めるけど、ラクスの元なんだろう?」
「うん。……いくら元追悼慰霊団だったからといって、まだまだデュランダル元議長の意思が蔓延っているから……一人じゃ辛いと思うんだ。僕で力になれるなら……なりたい」



「……キラ、お前、この雨は好きか?」
「え? あ、うん……好きだよ」
唐突な質問に戸惑いながらも、素直に頷く。

「なら、変わらないよう私がずっと守っているから、この時期には1度帰って来い。それだけで十分だ」
キラは目を瞠って、片割れを見る。そこには見たことないような穏やかな表情で微笑む姉がいた。


(敵わないな、全部見通されている)


ただ、側で唯一残る肉親を見ていられればよかった。
でも、色々と複雑な出生だから、一度外へ出てしまえば、二度とこの地を踏めないと思っていた。


(今、こうしていられるのは、カガリの弟と徹しているから…ラクスの元へ行けば、事実上最高評議会へ招聘されたも同じ。そうなれば、簡単に戻ることはできない)


約束を、居場所を与えてくれる。
思わず泣きそうになった。姉の前で泣くなんて、格好悪くて寸前で自制したけれど。



「……うん。ありがとう、カガリ」

少しだけ、目の前が霞んで見えた。



END

-----
過去ログから。

目次に戻る


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -