女の子の日ネタ 月経が始まってしまって以来、見事に俺の生活が変わった。とりあえずジムトレーナー達は俺のことを女として見るようになってくる。月経が始まった時に倒れてしまったことから鉄分をちゃんと取ってくださいと言われたり、もっと格好を自重してくださいとか言葉遣いが荒いですよだとか。おかしな話だ。男であれば気にしなくて良いのか。今までそんなこと言って来なかったクセに。それを女性トレーナーに愚痴ってみると「皆、グリーンさんのことか大好きだから言うんですよ」と微笑みながら言われた。何が大好きだ。それなら俺のしたいようにやらせてくれ。 今日、今月分の月経が訪れた。今回は何やらえらく鈍痛が腹に走る。何だろう。気持ち悪さの伴う痛み。鉛か何かがのしかかっているようだ。吐き気が段々せりあがってくる。けれど挑戦者の相手をしなくちゃならない。何とか集中力で誤魔化していつものメンバーを引っ張りだして来た。そういえばトキワジムに挑戦してくる奴は久しぶりだな。どんなトレーナーだろう。バトルフィールドに現れたのは何やら怪しげなローブ姿の男なのか女なのかも判別出来ない人物。 ジムトレーナー達に勝ち抜けたということはそれなりの実力者だろうから気は抜けないが、どうも姿をはっきり見せない姿勢に苛立った。正々堂々バトルするつもりはないのか? よし、俺が勝ったらそのローブ剥ぎ取ってやる。覚悟しとけ。 しかし月経による貧血と腹部の鈍痛でなかなか正確に指示を出すことが出来ない。ポケモン達も動揺していることが手に取るように伝わってくる。こんなトレーナーでごめん。今日はいつもみたいにバトルが出来そうにない。ジムトレーナー達も側で待機してくれている。とりあえず万が一の事態が発生しても問題無い、はずだ。そうこうしているとピジョットまでもが戦闘不能直前に陥っている。まずい、向こうの手持ちはまだ二体程残っているというのに。こんな怪しいローブ男に負けてしまうのか、俺は。 実力が半端じゃない、このトレーナー。扱うポケモンも的確な指示も。只者じゃない。その事実が余計に俺を焦らせた。すると頭にズキンッとした痛みが走る。額やら頬を流れる汗が止まらない。腹部の鈍痛が酷くなってきて両腕で庇うように蹲った。立っているのすら辛い。ゼェゼェと全力疾走したわけじゃないのに息が荒くなる。あぁ、くそ。視界が霞む。ピジョットが俺の指示を待っているというのに。情けない。ぐらついた頭を止めることは出来なかった。相手のラプラスの吹雪がピジョットに直撃したのを見てしまって瞼が落ちる。ダメだ。ごめん、ピジョット。 リーダー!と叫びながら集まってくるトレーナーの足音を聞き届けて全ての意識を解き放つ。直後、暗転。 その直前、どこか遠から聞き知った声が耳に届いた。 ふわふわと気持ち良く漂っている。羽毛で出来た雲の上に仰向けになっているようだ。とても心地がいい。ずっとこんな所に居られたら幸せだろうにな。ふと右手が温かいモノを掴んだ。何だろうと頭をちょっと起こして確認しようとして、急に全身に重力がかかったかのような圧迫。すぐに世界が圧縮した。どんどん小さく押し潰される自分の体に絶叫しかけた後、ギュンッ、と現実に戻ってくる。まず眼に飛び込んだのは見慣れた茶色い天井。横たえられている所から判断するに、ジムに設置されている仮眠室だ。しかしどうして俺がここにいるのか状況がすぐに理解出来なくて、でもすぐに俺の側に付いてくれている奴がいることに気が付いた。 その姿を認識して、━━━━━言葉が、死ぬ。 陸に上げられた魚。瞠目して全身が今度は凍りついたように動かなくなる。何で、どうしてここに、お前、今までどこに、あぁ違うだろ、それより何より。 「レッ、ド?」 幻、なんかじゃないのか? まるでギリギリという効果音がつきそうなほど、動かしにくい唇で紡いだずっと行方不明だった幼馴染の名。俺の言葉に特に反応することのない相手。まるで人形のように動かない。無言無表情。それがあいつの特徴であることは分かっていたのに、今の俺にとっては絶望しか生み出さなかった。あぁ、その生存を確認したいのに指一本動かない。触れてしまえばその真意が問えるというのに。どうしても恐怖が先行するんだ。もしかすればこれは俺の幻覚で、もしかすれば俺が夢を見ているだけで、触れた瞬間に消えてしまうかもしれない。ズキンズキンと訳の分からない痛みが全身に走る。アレ、そういえばさっきまで俺を苦しめていた月経の痛みはドコ行った。あまりの衝撃的な展開に吹っ飛んでしまったのか。それは今の状況にとって好都合なのか不都合なのか判断出来ない。少しでも他に痛みがあれば、まだ気を紛らわせることだって出来たのに。 不意に目の前の存在が腕を伸ばしてくる。驚いて身を引いた。嫌だ、近づくな、止めて。だってもしこれで手がスリ抜けてしまえばどうしよう。ガタガタ怯えるくらいの震えが止まらなくなって、思わずその腕を拒絶するかのように両腕で自分を抱きしめて小さくなった。顔も伏せて絶対にあいつの顔を見ないように。あ、しまった。こんなことをしてしまえば、もしかすれば次に顔を上げた時にもうあいつはいなくなっているかもしれない。 今度は顔を上げることが出来なくなって、別の意味での絶望に襲われた。ウソだウソだウソだ。ひっ、ひ、としゃくりあげる。シーツにじんわり滲み始める涙。止めて。もう苦しいのは嫌だ。女としてやっていかなくなってまだ日が浅い、そんなときにずっと戦いたいと想っていた相手に出会うなんてそんな最悪なシナリオあるものか。でもお願い、消えないで。ずっとどこかで待ち焦がれていたんだ、お前に。会いたかったと、心から思える。だから、現実だと言って。でも言わないで。あぁ、どっちだ。馬鹿野郎。矛盾ばかり。 唐突に頭にポンポンと置かれた手のひらの温かさ。 「グリーン」 頭の中に一本の線が、キンッと走った。 ちょっと低くなった声。そういえば最後に聞いた彼の言葉はいつのことだっただろう。声変わりでもしたのだろうか。女の俺にはそんなもの無かったけど。けれど相変わらずの腹に力の篭っていない、でも確固たるモノを持った声色。すとんっ、と心臓に落ちた。とくん。一度だけ高鳴った鼓動。恐々と両腕に埋まっていた顔を上げていって、でもなかなか視線を上げられなかったけれど、それでもじわじわと上を向いた。するとちゃんと、俺の頭を撫でてくれる存在が目の前にいた。赤い上着に赤い帽子。肩にはかつてバトルしたピカチュウ。あぁ、全然変わっちゃいない。 でもちょっと、大人っぽくなったな。 「ただいま」 言いたい事は山ほどある。訊きたい事も山ほどある。 けれどとりあえず今は、ただこれだけしか言うことが出来ない。 「おかえり」 neta *恋に落ちた女の子の日* ×
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