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(答えて下さい)

         



 ※色んな捏造が入り交じっています(ポケモン協会とかアデクさんの口調とか) ご注意ください。※




 トウヤに負けた。
 きっとそれは、ポケモンバトルにおいてだけではなく。
 もっと奥深い所にある、そう、信念と称されるモノにもおいて。
 僕は、負けたのだ。


 僕は間違ってなどいなかった。
 それは確かなことで。
 ただ、トウヤの信じていた、トウヤのあの想いが。
 僕を凌駕しただけのこと。
 


 サヨナラ、だなんて。僕が今まで生きて来て言ったことがあっただろうか。誰かと別れるなんて経験をしたことがなかったから、あの瞬間トウヤに対しての言葉として一瞬口の中が淀んだ。結局、それ以外の言葉が見つからなくて、出してしまったけれど。トウヤの眉間に皺が寄った気がした。はっきり確認はしないで、僕はレシラムの背に飛び乗った。
 彼らからすれば、僕が逃げたように見えただろうか。今となっては知る由もない。レシラムの背に乗って様々な地方を飛び回った。今まで閉じ込められていた世界では見ることが出来なかった世界を。僕がきっと一生掛かっても訪れることが出来ない。驚きもあれば、喜びもあって。悲しみもあって。どれほど自分の持っていたものが小さいか思い知ると同時に、虚しくなっていった。
 各地のポケモン達が笑顔でトレーナーと接している。嬉しい、楽しい、と言いながらトレーナーに懐いている。そして人間も、ポケモンを慈しんで抱いていた。トウヤや彼の周りに居た人間達だけではなかったのだ。本当に、ポケモンと人間は共生していくことが出来るらしい。それを実感してしまった。トウヤの信念が上回っていたことは分かったのに、それでもどこかで僕の言っていることが間違っていない証拠が欲しかったのかもしれない。無意識の内に。しかしそれがあまりにあっさりと打ち砕かれてしまった。声が頭に入ってくる。喜々としたポケモンと人間の声が。虚無しか抱いていない僕の脳が侵されていった。止めてくれ、と耳を塞ぎ続けた。どうやら、その願いは神様に届いたらしい。

 ある日、突然。ポケモンの声が聞こえなくなった。

 気がついた時、ただひたすら流れ落ちる頬の涙。止める術など知らない僕は、何も抗うことはしなかった。ゾロアークとレシラムは頭を垂れ、頬をすり寄せてくれている。けれど、心臓はズキズキ痛み続けて癒されることはない。もう何日中泣き続けたが分からないが、そうして涙が枯れ果てるに比例し傷は深まるばかりだった。僕とポケモンには決定的な溝が出来てしまったようだ。
 ゾロアークの声もレシラムの声も、その他のポケモン達の声も聞こえない。ずっと、昔からずっと、聞き続けていた声が。彼らが居なくなったわけじゃないのに、まるでトモダチを喪失したような感覚。いつも直に触れていた彼らをボールに入れておく時間が長くなった。野生のポケモンからも逃げるようになった。声が聞こえなくなった僕は、彼らのことを理解出来ないと思ったから、交流を断絶した。彼らの気持ちが分かっていたのは、僕が彼らの声が分かったからで、その能力がなくなったことで、彼らのことが分からないという恐怖に追われることになったのだ。

 これは、拒絶だ。

(あっ、雨)

 目に入ってきた水滴で気がついた。レシラムの翼で雨宿りすることもせず、僕は慌てて走って近くの街へと逃げ込んだ。あの日以来、ほとんどポケモンとの交流を断っている。ずっと一人ぼっちな生活。誰と話すこともしない。ポケモンセンターにも行かなければ、フレンドリーショップにも。人間とも話す機会を失って、気が付けば一週間程声を出していないことに気がついた。支障はない。僕は、だってそもそも、ポケモン以外に気を許して話せる存在などいないのだから。ポケモンと話すことが出来なくなったとすれば、僕は生きている上で話すという動作を捨てたに等しい。いっそのこと口なんて無くなってしまえば良いのだ。どうせ、使わない。
 雨は止まなかった。とりあえず適当に濡れない場所で一夜を過ごす。次の日には晴れた。心は晴れないまま。

 食べ物をギリギリのラインで凌いで、相変わらずポケモンと交流しない日々が続く。本当に僕はこの世界で一人ぼっちなことを痛感した。やりたいことがあって、信念があったというのに、トウヤにそれを打ち砕かれてしまったあの日から、もしかすると僕は一人ぼっちだったのかもしれないけれど。ゾロアークやレシラムが居てくれているとしても、僕は本当の意味では一人ぼっち。彼らは優しいのだ。こんな僕を受け入れてくれる器を持ってくれている。けれど僕という存在と全力で向き合ってくれたのは、トウヤただ一人だけだった。今まで生きて来た中で。そんな彼とも別れを告げてしまった今、僕を本当の意味で、僕が求めている意味で、受け止めてくれる存在がいない。ポケモン達が悪いのではなく、きっとこれは僕の問題なんだ。
 声を出さない生活が一ヶ月程経過した。レシラムの背に乗らないようにしてから、随分と効率の悪い旅をしている。歩いて歩いて、靴がこんなにボロボロになってしまうなんて今までの僕には信じられないことだった。あ、でもトウヤの靴はこんな風にくたびれていた気がする。それをちょっと思い出して嬉しくなった。もしかすると案外、これは効率が悪くないかもしれない。その想いはすぐに掻き消えてしまったけれど。
 ここ最近はまともな食事を取っていない。くらくらする頭は貧血を示している気がしたが、詳しいことは良く分からない。覚束ない足取りといのはこういうのを言うんだろう。第三者的な感想を抱いて、ふっと笑った。このままたとえ僕が息倒れてしまっても、きっと誰にも気づかれることはなく、そのまま土へ分解されて還っていく。それが当然の摂理であって、こんな世界にとって不自然的な僕でもまともな道を辿れるかもしれない、なんて馬鹿なことを考える。
 ―――本当に、馬鹿なことだろうか。

 ガクッと崩れた膝が地面について、そのまま横倒れになった。力が入らない。目が回った。血の気が引く。あ、と零したつもりの声も、ただの空気だけで音として発せられなかった。


 * * * * * *


 ゲーチスにとって僕は、ただ利用して捨てるだけの存在だったのだろう。それを聞いてショックだったかと問われると、さしてそうでもない。それが当然である。ゲーチスは僕という人物よりも僕の能力を評価していたことを良く知っているから。だからあの人はずと僕の人格自体は否定していたように思う。それを改めて言われた所で、何を悲しむというのだろうか。
 それに比べてトウヤはとても面白かった。そして新鮮な存在だった。彼は、必死に僕という人格に食らいついてくれたから。間違っていることを間違っていると叫んでくれた。悲しいことを悲しいと叫び、許せないことを許せないと叫ぶ僕に、真っ向から突進して来てくれた。それは彼が、彼なりのポケモンへの愛情を持っていて、それを貫き通す為だ。僕にとってもそれがあった。お互い、決して噛み合うことがない理念。あの決戦で、トウヤの想いが上回った瞬間、僕の心には安堵が広がった。なぜだろうか、今まで自分の信じてきたものが打ち砕かれたことに、僕は今までで一番安心したのだ。そうして、もう彼の前には居られないとも思った。
 逃げたわけじゃない。僕はもっと色んな物を見なければならないと思っただけだ。でもトウヤの傍にいると彼に甘んじてしまう自分がいることが良く分かったから、あえて自らトウヤを突き放した。おかげで旅に出る決意もすることが出来たし、全く知らなかった世界を見ることも出来ている。でもまさか、途中でポケモンの声が聞こえなくなってしまうとは思わなかった。もっともっと、僕はポケモン達の声を聞きたかったのに。色んなポケモン達を見たかったのに。

 ゾロアークとレシラムには悪いが、どうやら僕はもうこのまま動けなくなってしまったらしい。どうしてだろう。こうやって意識はあるのに指一本動かない。あれ、これって死んでしまう、ということかな。まだ、嫌なんだけれど。死ぬ前にやりたいことはまだまだあるのに。ちょっと早過ぎやしないだろうか。やっぱりもうちょっと食べ物を食べるべきだったのか。栄養不足で死ぬことはあるのだろうか。ぐるぐると余計な思考が回っている。
 よりにもよってこんな人気の薄い所で倒れなくても良かったのに。せめて街のど真ん中で倒れたかった。そういえばここはどこだっけ。イッシュ地方ではなくて、レシラムに乗ってさまよっていて偶然たどり着いた地方。

「あの、大丈夫ですか」

 優しい女の人の声を最後に、僕の意識はシャットダウン。


 * * * * * *


「食べ物、お口に合うかしら」

 目の前に用意された見たことのない料理は、しかし自然と抵抗が湧かなかった。多分、この人の人柄が表れているのが一番の原因。僕は躊躇いなく口へと運んでいった。途端に口の中に広がる温かさは胃へと到達し、全身へと巡っていく。
 倒れていた僕を運んでくれたオバさん。女手一つで運ぶことは困難だったろうけれど、どうやらポケモンの力を借りたようだ。体も綺麗に洗ってもらってしまって、申し訳がない。
 一ヶ月も声を出していなかったせいか、オバさんに謝罪も感謝も述べることが出来ず、必死になって声を出そうとする僕を彼女は制止した。無理をしなくても良いと微笑んでくれる優しさに、泣きそうになる。実際、ぐずぐずと鼻を啜った。久しぶりに触れた人はとても温かくて、恐怖なんて無かった。あれほど距離を置いていたのに。

「まるで息子が帰って来たみたいだわ。落ち着くまでこの家に居ていいからね」

 くすくすと口元を手で隠しながら告げる彼女。その口ぶりだと息子さんがなかなか家に帰って来ないのだろうか。僕の寝かせてもらっているこの部屋もどうやらその息子さんの部屋らしい。
 落ち着くまでこの家に居ていいものかどうか、僕としてはすぐに出て行った方が良い気がしてならない。これ以上迷惑を掛けてしまうのも気が引ける。しかし、かといってまたあんな風に倒れるのも勘弁してもらいたい。どうしよう、と逡巡しているとまたオバさんが部屋に入ってきた。その両腕にはずっとボールから出していなかったゾロアークが抱かれている。
 僕がびっくりする間もなく、ゾロアークが僕の胸に飛び込んできた。

「っ」
「随分、あなたのことを心配していたわ」
「!、……?」
「ほら、そんなにも悲しそうな顔してる」

 まるで、ゾロアークの気持ちを分かっているような口ぶりに驚いた。彼女もポケモンの言葉が分かる人間なのだろうか、と疑ったが、特にそういうわけでもないようで。ただ、ゾロアークの表情だけでそこまで読み取ってしまったのか。それともこの状況的にそう思ったのか。良く分からない。
 若干、混乱している間にもずっとゾロアークが僕に擦り寄ってくる。そういえばレシラムだってしばらくボールから出していない。声の分からない僕ではきっと、彼らがいつか見放してしまうかもしれないという恐怖に、とてもじゃないか外へと出すことなんて出来なかった。直接触れ合うことなんて出来なかった。

「詳しいことは訊かないけれど、手持ちのポケモン達にそんな顔をさせちゃダメよ。あなた、ポケモントレーナーなんでしょ?」

 諭すように、けれど重い言葉だった。
 はっとして顔を上げても、その先にあるのはただただ優しいオバさんの笑顔。でもどこかに凛とした、何物でも崩せない芯を感じた。こんな不審者を家に上げて、ここまで丁重に扱ってくれる、この人は一体何者だ。そしてこの言葉の重みはどこから来る。
 僕の心境を察したのか、オバさんは苦笑しながら言葉を続けた。

「ごめんなさい。見ず知らずの人からこんなこと言われても困るわよね。でも、ちょっと放っておけなくって。息子もポケモントレーナーで、ずっと昔に旅に出たっきり、一度だけ顔を見せてくれただけでそれ以来帰って来ないものだから。あなたが息子と似てるってわけじゃないんだけど、ちょっとお説教がましくなっちゃったわね」

 許してちょうだい。と零したオバさん。
 その顔は、僕が今まで見たことのない女の人の顔だった。そういえば、僕には母の記憶が無い。愛情だって貰った覚えはない。けれど、この人はきっと大きな愛情をその息子さんに注いでいたのだろう。とても、大切な存在だったに違いない。なのにどうして、その息子さんは帰って来ないのだろうか。
 何だか聞いている僕も悲しくなってきた。だって、僕は世界でたった一人ぼっちなのは、他に僕を必要としている人も、僕が必要としている人もいないからで、でもこの人は息子さんを必要としているのに、この家に一人で住んでいる。そんなの、おかしいじゃないか。
 声が出せるならそう言いたかったけれど、全て僕の心の中に沈んでいってしまった。口の中でもごもごと舌が泳ぐだけ。どうやって声を出していたっけ。本当に、僕には口が必要なくなってしまったのか。
 何も応えられない僕に、やはりオバさんは何も言わない。そのまま僕のボールのついたベルトを返しくれて、部屋を出ていく。その間もずっとゾロアークが僕の胸から離れようとしなかった。確かに、僕を見上げてくる表情は悲しみに染まっている気がする。いつも声が聞こえていたから、それだけでしかポケモンの気持ちを判断していなかったというのに。表情なんて、言葉があってこそのものだと思っていた。

(……――――っ)

 また、こうして僕は新たな世界を垣間見た。


 

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