17
想いは留まるどころか膨れ上がるばかり。
この感情を僕はどうしたらいいのだろう…?
「ベルトルトくん…?」
「ん?何?名前」
ぼんやりとしていると名前に名前を呼ばれ、僕は何処かに行っていた意識を慌てて引き戻した。視線を下に向けると隣に立つ名前が不思議そうな顔で僕を見上げていた。
「どうかしたの?」
「ううん、何でもないよ。何か急に眠くなっちゃって…」
眉をハの字にさせて心配そうに僕を見つめる彼女に「今日の訓練はいつもよりハードだったからね」と咄嗟に嘘を付くと名前は苦笑いを浮かべて「お疲れ様」と労いの言葉を呟いた。
今日も無事に訓練を終えた僕達訓練生は名前と共に夕食の準備に追われている。周りからは包丁でまな板を叩く音や訓練生の賑やかな声が響き渡っている。
「今日は早く寝た方がいいよ?」
「そうだね…でもほんの少しだけでいいからまだ名前と話をしていたいなぁ…」
野菜の皮を丁寧に剥いている名前に本心を包み隠さず伝えると彼女はパチパチと瞬きをした後ふにゃりと嬉しそうに笑みを零した。
名前がこの世界に来てから彼女と共に過ごすのが僕の日課となり、唯一の楽しみとなっていた。毎日飽きることなくいろんな話をして、笑い合って…ほんの些細なことかもしれないが僕にとってそれは幸せな時間だと言っても過言ではない。それ程彼女の隣は心地が良いんだ。
「名前とベルトルトは本当に仲が良いよなー」
「ああ、そうだな。名前にベルトルトを取られて妬いちまいそうだ」
「あはは!」
ニコニコと笑い合う僕と名前を見てコニーがポツリと零すとライナーがニヤリと口角を上げて冗談を言う。けらけらと笑い、二人と楽しげに話す名前に僕の胸がチクリと痛んだ。
僕もライナーのように彼女を楽しませることが出来たらいいのに…。
軽くライナーに対して嫉妬を覚えていると突如名前が「痛っ!」と声を上げた。
「名前、どうしたの!?」
「包丁でちょっと切っちゃったみたい…」
彼女の声にハッとなって視線を向けると名前は困った顔で笑い、人差し指を僕に見せる。彼女の指先からはぷくっと赤い鮮血が流れ出ていた。
「名前、早く手当てしないと…!」
「あ、うん。そうだね」
「僕がやる!!」
慌ててライナーが名前に向かって手を伸ばし、彼女の腕を掴もうとするがそれよりも早く僕は名前の肩に腕を回し、自分の方へと抱き寄せた。突然大きな声を出す僕に周りはポカンとして固まるが僕にとってはそれどころではなかった。
「えっと…ベルトルトくん…?」
「…ごめん、ライナー…僕がやるから…」
「あ、ああ…頼んだ」
不安げに僕を見上げて訊ねてくる名前を一瞥してからライナーに視線を向けると彼は驚いた表情で頷いた。彼女の手を引き、ライナーの横を通り過ぎる際にもう一度「ごめん…」と呟き、僕は名前と共に食堂をあとにした。
「そこに座ってて。救急箱持って来るから」
「う、うん…」
医務室のベッドに座るように彼女に伝え、僕は怪我の手当てをするための準備に取り掛かった。ちょこんと控えめに腰掛ける名前の前に椅子を置いて座り、傷口を見せるように促すと彼女の小さな手がおずおずと僕の前へと差し出された。
「痛い…?」
「ううん、大丈夫…」
清潔な布で傷口を覆い、消毒をしている間、僕と彼女の間に会話は殆どなく、沈黙だけが流れていた。
彼女が他の誰かと楽しげに話しているのを見ると胸が張り裂けそうな程痛くて…心が黒く塗り潰されていく。信頼している大切な友でさえ彼女に触れて欲しくない…そう思ってしまったんだ。
「(こんな感情、許される訳がないのに…)」
僕は視線を落とし、自嘲するように心の中で呟いた。
僕は人殺しだ…。僕の所為で多くの人が死んだ。人から恨まれ、殺されても当然のことをしたんだ、僕は…。取り返しのつかないことも、たくさん…。けれど任務のためなら手段なんて選んでいられない…やらなきゃいけないんだ…。
「ッ…!?」
ふと誰かの声が頭の中に響き、僕は短く息を飲んだ。身体は小さく震え、喉がヒューヒューと音を立てる。
嫌だ…彼女を傷付けるだなんて、そんなッ…!
「ベルトルトくん…?」
「!?」
「どうしたの…?」
暗い感情に囚われ、自身を見失ない掛けていると突如闇を引き裂くように名前の声が降ってくる。ハッとなって目の前にいる彼女に視線を向けると名前はカタカタと震える僕の手を握り、心配そうに僕を見つめていた。
「…ううん、何でもないよ…」
「本当…?」
「うん…大丈夫…大丈夫だよ…」
強張っていた顔をゆるゆると緩め、力なく笑うと名前は眉をハの字にさせてぎゅっと僕の手を握る。彼女が触れている部分から伝わってくる熱が温かくて、涙が溢れ出そうになり、僕は名前の身体を引き寄せて強く抱きしめた。
「ベ、ベルトルトくん…!?」
「ごめん…少しだけ、このままでいさせて…」
頬を赤く染めてわたわたと慌てる彼女の耳元に唇を寄せ、震える声で呟くと名前はピタッと動きを止める。おずおずと僕の背に手を伸ばし、優しく撫でる彼女に僕は小さく笑みを零し、強く名前を抱きしめた。
張り裂けそうな胸の痛み
ふと誰かの声が頭の中に響き、僕は短く息を飲んだ。身体は小さく震え、喉がヒューヒューと音を立てる。
嫌だ…彼女を傷付けるだなんて、そんなッ…!
「ベルトルトくん…?」
「!?」
「どうしたの…?」
暗い感情に囚われ、自身を見失ない掛けていると突如闇を引き裂くように名前の声が降ってくる。ハッとなって目の前にいる彼女に視線を向けると名前はカタカタと震える僕の手を握り、心配そうに僕を見つめていた。
「…ううん、何でもないよ…」
「本当…?」
「うん…大丈夫…大丈夫だよ…」
強張っていた顔をゆるゆると緩め、力なく笑うと名前は眉をハの字にさせてぎゅっと僕の手を握る。彼女が触れている部分から伝わってくる熱が温かくて、涙が溢れ出そうになり、僕は名前の身体を引き寄せて強く抱きしめた。
「ベ、ベルトルトくん…!?」
「ごめん…少しだけ、このままでいさせて…」
頬を赤く染めてわたわたと慌てる彼女の耳元に唇を寄せ、震える声で呟くと名前はピタッと動きを止める。おずおずと僕の背に手を伸ばし、優しく撫でる彼女に僕は小さく笑みを零し、強く名前を抱きしめた。