06
「ベルトルト、こっちだ」
ガヤガヤと人の声が溢れる食堂に足を踏み入れ、食事を受け取ると誰かがベルトルトくんの名前を呼んだ。きょろきょろと辺りを見回していたベルトルトくんは声を掛けてきた人物に気が付き、そちらに顔を向けるとパッと顔を明るくさせる。「こっちだよ」と私に一声掛けるとベルトルトくんは私を連れてひらひらと手を振る大柄な男性の元へと歩みを進めた。
「ありがとう、ライナー。名前、紹介するね?彼はライナーと言って僕と同じ村出身なんだ」
「ライナー・ブラウンだ。よろしく」
「名前です。よ、よろしくお願いします…!」
ベルトルトくんは大柄な男の人の正面に腰を下ろし、ニコニコと笑いながら彼のことを話し出す。二人は同じ村で育ち、仲も良いみたいだ。ライナーくんと呼ばれた彼にぺこりと頭を下げてから私もベルトルトくんの隣にちょこんと腰を下ろした。
「名前、そんなに縮こまらなくてもいいよ」
「う、うん…」
「はは、慣れないことばかりで大変だろう?困ったことがあったらいつでも頼ってくれて構わないからな」
ドキドキしながら大人しく座っていると隣にいるベルトルトくんが苦笑いを浮かべて私の頭を撫でた。緊張して小さくなっている私を見てライナーくんはおかしそうに笑うと「そんなに固くならなくていい」と言う。彼の優しさに感動しながら「ライナーくんってとっても良い人…!」と私が呟くと二人揃って声に出してけらけらと笑い出した。
「お前か!?異世界から来たって奴は!!」
「うぐっ!?」
ライナーくん達と他愛のない話をしながらパンを口一杯に頬張ってもぐもぐと咀嚼をしていると突然ベルトルトくんとは反対隣に誰かが乱暴にお盆を置く。ガシャンという音と質問内容に私はビクリと肩を震わし、隣に腰を下ろした人物に恐る恐る視線を向けた。
危うくパンが喉に詰まるところだった…!
「エ、エレン!彼女がビックリしてるから…!」
「エレン、食器は静かに置かないと…」
「ああ、悪い!俺はエレン・イェーガー!こいつらは俺の幼馴染でアルミンとミカサ!お前、名前は?」
「えっと、名前、です…」
大きな瞳をキラキラと輝かせ、詰め寄って来るエレンくんにビクついているとアルミンくんと呼ばれた金色の髪の男の子が慌てて彼を宥めた。エレンくんの隣にいる黒髪の綺麗な女の子、ミカサちゃんは静かに彼を叱りつけるがエレンくんは対して気にした様子もなく私に視線を向けたままだった。
「な、なぁ!巨人がいないって本当なのか!?どんなところに居たんだ!?どうやってこっちに来たんだ!?」
「エレン、少しは落ち着け。名前が可哀想だろ」
「ライナーの言う通りだよ、エレン…」
「俺は落ち着いてるって!」
「何処が落ち着いてるの、エレン…」
「全然落ち着いていない…」
興味津々といった様子でグイグイと迫って来るエレンくんに心の中で悲鳴を上げてたじろいでいると見兼ねたライナーくんとベルトルトくんが彼を止めに入る。ライナーくんの隣に腰を下ろしたアルミンくんとエレンくんの隣に座るミカサちゃんは呆れた表情を浮かべていた。どうやらエレンくんと同じように周りの人達も私のことが気になっているようで先程から何度も視線を感じていた。
ひぃぃぃ、帰りたい…!!
「う、うん…私がいた世界に巨人はいなかったよ…?」
「そうか…巨人がいない世界、か…」
「?」
「食事はどんなだった!?」
先程とは打って変わって静かに噛み締めるように呟くとエレンくんは顔を俯かせる。何かまずいことを言ってしまったのかと思い、オロオロしていると今度は坊主頭の男の子がライナーくんとアルミンくんの間からひょこっと顔を覗かせた。
「コニー…君まで…」
「肉とかあったのか!?」
「肉!?」
「え?ああ、うん…あったよ?」
「マジかよ!?うわー!俺、お前の世界超行きてーんだけど!?」
コニーと呼ばれた男の子がずいっと身を乗り出して問い掛けてくるのに対し(何か後ろで女の子がえらく反応してたけど…)吃りながら答えると彼は「羨ましい!!」と叫んだ。
「肉食ってる割には細いな…ちゃんと飯食ってたのか?」
「え?」
コニーくんと話している間もじーっとこちらを見ていたエレンくんは私に手を伸ばすといきなりガシッと手首を掴んできた。
「うおっ!?ほっせー!折れちまいそうだな!」
「え?え?」
「うはー!頬っぺたやわらけー!」
私の手首を掴んでいるエレンくんに戸惑っていると今度は私の頬に手を伸ばし、むにむにと摘まんでくる。「お前のほっぺぷにぷにだなー!」なんて言って楽しげにけらけらと笑うエレンくんに涙目になって困り果てていると突然私の身体がぐいっと誰かに引き寄せられる。それと同時にエレンくんの腕をミカサちゃんがガシッと掴んだ。
「エレン、名前が怖がってる」
「え?ああ、悪い悪い!」
どうやら私を引き寄せたのはベルトルトくんのようだ。まるで私の身体を隠すように彼の長くて逞しい腕に抱きしめられ、私の顔が熱を持つ。ミカサちゃんに怒られてもあまり反省することなく軽く謝るエレンくんの声など入って来ないくらい私の意識はベルトルトくんに向けられていた。
「あ、あの…ベルトルトくん…?」
「え?ああ、ごめん…」
「?」
「名前、ごめんね。エレンは遠慮って言葉を知らないから…」
バクバクと高鳴る鼓動を落ち着かせながらベルトルトくんを呼ぶと彼はそっと私の身体を放した。心なしか不機嫌そうにしているベルトルトくんに首を傾げていると申し訳なさそうな顔をしたアルミンくんが頭を下げてきて、私は慌ててふるふると首を横に振った。
「アルミン、お前失礼だな」
「本当のことよ」
「ミカサ!お前まで…!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐエレンくんに苦笑いを浮かべ、ちらりと隣に座るベルトルトくんに視線を向けると彼は「早く食べて訓練所を見て回ろうか」と優しく微笑んだ。さっきの不機嫌さは一体何だったのだろうと私は訳がわからず、首を捻るばかりだった。
「なぁ、ライナー。何かベルトルトの奴怒ってねーか…?」
「エレン、お前が悪い…」
「は?何でだよ?」
「アレだ!腹減ってんだよ、きっと」
「コニー、お前は少し黙ってろ」
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「エレン、お前が悪い…」
「は?何でだよ?」
「アレだ!腹減ってんだよ、きっと」
「コニー、お前は少し黙ってろ」