04
チチチッと小鳥が囀る声にゆっくりと瞼を開け、そっと身体を起こした。周りを見渡すと誰一人起きていなくて僕は心の中でガッポーズをしてからレインコートと上着を持ってこっそり男子寮を抜け出した。
向かう先はたくさんの馬が飼育されている馬小屋。あまり朝は得意ではないけれど、突然違う世界から僕達の住むこの世界へ来てしまった彼女を思えば苦ではなかった。
「(まだ寝てるかな…?)」
そっと音を立てないように馬小屋の扉を開けると中はシンッと静まり返っている。僕に気が付き、鼻を鳴らす馬達を優しく撫でながら更に奥へ進むと小屋の片隅で毛布に包まり、藁の上で眠っている彼女の姿を見つけた。小さく丸くなってすやすやと気持ち良さそうに眠っている彼女の姿にホッと胸を撫で下ろし、僕はくすりと笑みを零した。
「名前、起きて?そろそろ馬の世話をしにみんながここへ来るよ」
「ん〜…」
彼女の傍らに腰を下ろし、優しく名前の頭を撫でながら声を掛けると彼女の瞼がゆっくりと開かれる。ぼんやりと僕を見つめた後、大きな瞳をパチパチとさせる名前に微笑み、そっと彼女の髪を撫でた。
「よく眠れた?」
「うん!馬達とも仲良くなれたよ!」
こしこしと目を擦る彼女に問い掛けると名前はパッと顔を明るくさせて元気良く答える。すっと名前が馬に視線を向けると彼女に応えるように馬達はブルルッと鼻を鳴らした。
「名前、寒いかもしれないけど少しの間外で待っていて欲しいんだ」
「うん、わかった!」
「寒いといけないからこれを着ててね。あと濡れちゃうからこれも…」
寮から持ってきた上着を彼女の肩に掛けると名前はこくりと頷き、それに腕を通す。小柄な彼女と僕とでは体格差があり、僕の服にすっぽりと包まれてしまう名前の姿に可愛いなと頬を緩めながら今度はレインコートを彼女に被せた。
「ベルトルトくんは?」
「え?」
「雨に濡れたら風邪ひいちゃうよ…?」
大人しくしている名前にレインコートを着せていると彼女が唐突に問い掛けてくる。じっとこちらを見つめる名前に僕は目を見開いた。
「僕は大丈夫だよ」
「本当…?」
「うん、今日は外に出ることはないと思うから」
僕のことを心配してくれるのが嬉しくてふにゃりと笑みを零し、「ありがとう」と呟くと彼女はふわりと優しく微笑んだ。
外に出ると先程よりも少し雨脚が強くなっていた。周りに誰もいないことを確認してから彼女の手を引き、僕達は近くの茂みへと身を隠した。
「名前、すぐに迎えに来るからここで待っていてくれる…?」
「うん、大丈夫だよ!」
彼女をこんな雨の中に一人置いて行くことを躊躇いながらも名前の頭を撫でると彼女はふにゃりと笑った。「絶対すぐに戻って来るから…!」と言い残し、僕は後ろ髪を引かれる思いで食堂へと向かった。
「ベルトルト!何処行ってたんだよ?もう飯の時間だぞ?」
「エレン…ごめんごめん」
急いで食堂に向かうと丁度入口でエレンと出会した。「ライナーも捜してたぞ」と呟くエレンに軽く謝り、彼と共に食堂に足を踏み入れた。
「ベルトルト、何処にいたんだ?」
「ごめん、ライナー。図書室で調べものをしてて…」
「それにしてもベルトルトが朝早く起きるだなんて珍しいね」
「そういえば昨日も夕飯のあとにパンと毛布持ってどっかに行ってたよな」
「昨日も図書室にいたのか?」
「ああ、うん…ちょっとね…」
ライナーの正面に腰掛けると近くにいたマルコやジャン、コニーも不思議そうに僕に訊ねてくる。言葉を濁し、平然とした様を装うものの僕は内心冷や汗をかいていた。
*
「名前!ごめんね、お待たせ!」
朝食を済ませ、上手くライナー達を巻いた僕は残して置いたパンを手に持ち、名前の元へと急いだ。切り株に腰掛け、小さく蹲っている名前に駆け寄り、声を掛けると彼女はパッと瞳を輝かせる。
「寒かったよね?ごめんね、遅くなって…」
「ううん、大丈夫だよ」
すくっとその場に立ち上がった名前の手を握ると冷たく、ひんやりとしていた。その手の冷たさに顔を顰めると名前は「ベルトルトくんの手、あったかいね」と言ってふにゃりと笑みを零した。
「名前、すぐに馬小屋に…!」
彼女の小さな手をきゅっと握り、室内へと促そうとするがすぐ近くで人の気配がしたのと同時にパキッと何かが折れる音がした。
「わっ!?ベルトルトくん…?」
「シッ…」
握っていた彼女の手をぐいっと引き、名前を自分の胸に抱き寄せてバッと後ろを振り向く。驚いた表情で僕を見上げる名前に声を出さないように目で合図をすると彼女は緊張した面持ちでこくこくと頷いた。
「何かコソコソしてると思ったら…」
「こんなところで何やってんだよ?ベルトルト」
「誰かいるの…?」
「ジャン…コニーにマルコも…」
僕のあとを付けて来たのであろう三人に名前が見えないように彼女を背に隠すと彼らは訝しげな表情で僕を見つめた。
「何隠してんだよ?」
「別に、何も」
「じゃあそこにいる奴は誰なんだよ?」
「……」
鋭い視線を向けてくるジャンに僕は言葉を詰まらせた。幸い背の高い僕に隠れて名前の姿は彼らには見えていないようだが明らかに何かを隠しているのはバレているようだ。僕の服を掴み、小さくなってぴったりとくっ付いてくる名前にちらりと視線を向けてから僕はこの場を切り抜ける方法はないかと必死に言葉を探した。
「ベルトルトくん、
大丈夫だから…」
「っ!でも!」
「ね?」
僕の服をくいくいと軽く引っ張り、コソッと話し掛けてくる名前に視線を向けると彼女は困った顔で笑った。彼女の顔を見た途端何も言えなくなってしまい、僕は額に手を当てて「はぁ…」っと深く息を吐き出した。
「え、女の子!?」
「なっ….!?誰だよ、そいつ…!!」
「ベ、ベルトルトが女連れ込んでやがったァァァ!!」
僕の背からおずおずと名前が顔を覗かせるとマルコ達は目を見開いてその場に固まった。ジャンやコニーの叫び声が森中に響き渡り、僕はもう隠し通すのは無理だと諦めにも似たため息を零した。
「大人しい顔してベルトルトも男だったんだな!」だの「お前、案外大胆な奴だな」だの失礼なことばかり呟くコニーとジャンを殴り倒したい衝動に駆られる中、僕の心を冷静にさせるのは未だに僕の服を掴み、不安げに僕の背中にぴったりとくっ付いている名前の存在だった。その彼女の行動が可愛らしくて、緩みそうになる頬を引き締めるのに必死だったことは言うまでもない。
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