もう、名を呼ぶだけで事足りる
「おい、晶馬」
混雑したオープンカフェで宿題に精を出していた晶馬は声が聞こえた方を振り向く。
その途端、ネクタイを引っ張られ顔に影がさした。
「ん」
目を閉じて唇をぞんざいに突き出してくる冠葉に晶馬はやれやれ、と嘆息しつつ目前にある頬を軽く叩く。
「もう、人の多い所は嫌だっていつも言ってるだろ!」
「めんどくせーよ。周りもわかってるんだしいいだろ」
「それでも嫌なものは嫌なんだ!」
晶馬が少しでも気を抜くとすぐに人前で口づけてくる。
(本当に油断も隙もない)
勉強道具を雑に片づけて、喫茶店を後にする。
二人が向かったのは人もまばらな雑草が生い茂る学園の片隅。
「ここならいいだろ」
晶馬は今度は何も言わず、ただ唇が重ねるに任せた。
冷えた体にじんわりと熱が注がれるように、温かさが流れ込んでくる。
溢れそうになっていたものが、口づけによってまた凪いでいく。
わめきの応酬とキスは二人にとって日常茶飯事で、それ以上でも以下でもない。
(情緒もへったくれも、ありゃあしない)
拳で軽く唇を拭いながら、去っていく冠葉の後ろ姿が見えなくなる前に、そっと目をそらした。
*
出会いは五歳。
顔半分にまでぐるぐるに巻かれたマフラー。
(あ、瞳が同じ・・・)
その年一番寒い冬の日だった。