不意に戸が開いて、外の空気が流れ込んできた。
台所を掃除していた晶馬は首だけ動かして玄関を見やる。
「おかえり」
「ただいま」
「陽毬は?」
「もー寝たよ」
何時だと思ってるんだ。まったく。
呆れて小さくため息をついた時、鼻先に外のものとは違う匂いが触れた。
「冠葉…なんか変な匂いがする」
吸い寄せられるままに冠葉の首筋に鼻を近づけると、煙草の燃えた匂いに混じりあって
少しえぐみのあるグリーンノートの匂いがした。
「やっぱり。煙草と、男物のコロン…?」
咄嗟に、コロンのことは聞いてはいけないと思った。
押しのけるように、膜で覆うように、頭から追い払う。
問題をすり替える。まさか吸ってないよね?と冠葉を睨んだ。
ひんやりとした手が伸びてきて、容赦なく鼻先をつままれる。
「バーカ。喫煙席しか空いてなかったんだよ」
そのまま背を向けて上着を脱ぐ冠葉はどこか虚ろで、晶馬はそれ以上声をかけるのを躊躇った。
どこで何を、してきたの?
シャットダウンしたはずの疑心が再燃する。
心が反応するより早く、勝手に頭が動き出す。
どこへ行こうとしてるの…?
「晶馬」
(まさか、冠葉)
「なに?」
「明日の朝、だし巻き卵食いたい」
蓋をした何かがが溢れそうになった瞬間、ばたんと扉は閉められた。