「お前、経験ないのか」
人の悪い笑みとはこういうことを言うのだろう。
家事をせっせとこなす晶馬は振り向いていつものように噛みついた。
「別に!僕らの年齢ではおかしいことじゃないし!そういうことはしかるべき段階を踏まえて…!」
「しかるべき段階?」
そんなもの、冠葉にはなかった。
心から想い、結ばれて体を重ねる。それは彼にとってはもう手の届かないところへいってしまった。
冠葉は目の前の弟を見つめる。
しかるべき段階を踏んでいくであろう弟を。
憎たらしい、と一瞬思ったのちその感情は羨望に変わる。
「晶馬」
「なんだよ兄…貴!?」
冠葉は晶馬の胸ぐらを荒っぽく掴むと、唇をあと数mm、という距離まで近づける。
互いの吐息だけが触れ合う。
晶馬の目が満月のように丸くなった。
冠葉は晶馬の動揺を目で確認した後、満足げに体を離した。
「経験のない弟に、兄として教授してやろうと思ってな」
「頼んでないし!ファーストキスが兄貴となんてごめんだよ!」
「…へぇ?」
失言に気付いた様子のない晶馬を横目に、冠葉は笑った。
家族としての、弟としての、双子のとしての愛おしさと、言葉にできない複雑な葛藤はそれでも消えなかった。