恋華火〜黎明の花〜 | ナノ
月がその姿を隠し、だが、太陽は未だ顔を見せない。
そんな夜と朝の狭間。
静寂に包まれた、闇と光が混ざる刻。
リクオの指先が隣で眠る鴆の頬をゆるりと撫でた。
「また…無理、させちまったな」
小さく独りごちたリクオの声が空気を震わす。
その声音は少年の幼さを残しているが、リクオは未だ妖怪の姿を保っていた。
だが、深紅から焦茶に変わった双眸は人間のリクオのものだ。
妖怪と人間の血。
その血は確かに混ざり合い"奴良リクオ"と云う存在を成している。
大半の者が区別する、妖怪と人間のリクオ。
だが、リクオからしてみれば、自分は一人でしかないのだ。
確かに、幼い頃は妖怪時の記憶はあやふやだった。
それはまるで夢現の様に簡単に忘れてしまえる程不確かなものだった。
だがあの日。
鴆が蛇太夫に襲われた時。
リクオは初めて自分の意志で妖怪の姿に変化した。
鴆を護らなければ。
只、唯、それしか無かった。
その為の力を。
その為の強さを。
人間では足りないのだ。
今のリクオでは蛇太夫を倒すどころか鴆に護られている始末。
力が欲しい。
強くなりたい。
鴆を護りたい。
ざわりと揺らいだ血が混ざる。
それ以来、リクオは全ての記憶を自覚している。
人間時も妖怪時も"奴良リクオ"としてそこに在る。
人間のリクオでは無く。
妖怪のリクオでは無く。
一人の男として存在している。
愛する人を護りたいと想う、只の男。
不意に鴆が身動いだ。
眠る鴆の頬を撫で続けるリクオの手の温もりに安堵の笑みを浮かべた口唇が音も無く言葉を紡ぐ。
「 」
鴆にとって、何よりも意味を持つ音の羅列。
僅か三文字に込められた無数の告白。
「……鴆」
その口唇を塞いでしまいたい衝動を押し殺して鴆の額に口づければ、まるで温もりを求める子供の様に、鴆はリクオに頬を寄せた。
無意識の行動だからこそ嬉しい。
「…知ってるかい?」
意固地な鳥の吐く甘やかな毒に、主は疾うに中毒だ。
「ボクの初めては、何時だって君なんだ」
初めて知った、恋がこんなにも苦しいものだと。
初めて知った、口づけがこんなにも刹那いものだと。
初めて知った、唯一人をこんなにも深く想えるのだと。
初めてを知り、リクオは変わっていく。
変わらないもの等何も無い事を立証するかの様に。
もっと、もっとと貪欲に。
鴆を想い、鴆を愛し、鴆を求める。
今までも、これからも。
「だから」
リクオを変えた鴆だからこそ、最期まで責任を。
「ボクは君を否定するよ」
鴆が望む総てを叶えてみせる。
だが、これだけは聞いてやれない。
「ボクは君を赦さない」
例え、鴆がどんなに赦しを請おうとも。
「絶対に赦さない」
一人でなんて逝かせやしない。
「ねえ、鴆くん」
君はボクを甘く見てるんだ。
「ボクを置いて逝けるって、本気で思ってるの?」
いい加減、思い知れば良い。
「ボクの覚悟を魅せてやるよ」
例え地獄の果てだとも。
伴に在れれば其処は天国。
酒に浮かべた毒羽根一枚。
伴に飲み乾し逝ければ至福。
20100826.深結
「恋華火〜黎明の花〜」
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