恋華火〜月の花〜 | ナノ
漆黒の空に花開く。
色鮮やかに咲き誇り。
瞬と共に散り落ちる。
何度も何度も、咲き、散り、落ちる。
息吐く間も無く繰り返される、今宵一夜の華宴。
ドオォンと響いた重低音が鴆の身体を震わせる。
言葉を忘れ、呼吸を忘れ、只、唯、空を見上げる鴆。
夜空に花が開くたび、その頬が色に染まる。
真白な鴆を、鮮やかに色付ける華化粧。
桜を散らせた頬に触れていたい。
椿を落とした口唇に触れていたい。
「鴆くん」
「ん?」
「綺麗」
「ああ」
「触りたいな」
「ハハ、流石にそれは…」
無理だろう、と続くはずの言葉は簡単に呑み込まれた。
「触りてえんだ」
鴆の耳元で吐息の様に囁かれた言葉。
僅かに低くなったその声音にぞくりと全身が粟立つ。
「いいだろ、鴆」
肌を擽るリクオの声。
触れてはいない。
だが、僅かでも動けば触れてしまえる程の距離。
もどかしい程、間近に感じるその存在。
深紅の双眸を細め、口端を持ち上げた闇の主。
「…リ…クオ」
鴆の口唇がその名を型取り、小さな声音が空気に溶ける。
その音を確かに拾ったリクオの笑みが深まっていく。
「いいねえ…お前が呼ぶとオレの中の血が騒ぐ」
変わらず囁く甘い声音に鴆の鼓動が跳ね上がる。
どくどくと、早鐘を打つ心臓が。
「触ってみるかい」
花火の音すら打ち消した。
視界の端で花が咲く。
色鮮やかな華が咲く。
「あ…………っひ!?」
僅かに虚ろいでいた銀朱の瞳が唐突に見開かれた。
「余所見たぁ…随分余裕だな」
鴆の内から燃やし尽くそうとするリクオが更に深く圧し入ったのだ。
「ちがっ……っく、」
「オレ以外の事、考えてんじゃねえよ」
燃える様な紅玉が鴆を見下ろせば。
その視線の強さに鴆の躰が震える。
ぞくり、と爪先から駆け抜けた奮え。
それは、畏怖。
それは、歓喜。
それは、快感。
「っ……おいおい。オレを喰らう気か?」
くく、と喉奥を鳴らしたリクオが涼しげな目を細めて笑えば。
「り、くお」
見上げる銀朱がリクオを映して大きく揺れた。
「りくお……リクオ…」
その声で呼ばれる事に意味が在る。
言葉で縛ろうとしない頑固な毒鳥は決して睦言を紡がない。
態度でも簡単には示さない。
唯、名前を呼ぶのだ。
リ ク オ
その一言に総てを込めて。
「ああ、分かってる」
だから、代わりとばかりにリクオが縛る。
言葉で、態度で、鴆を縛る。
「お前はオレのもんだ」
その毒羽根一枚ですら。
「そうだよな、鴆」
必死に頷きながら畳に爪を立てる細い指を掬い、その指先に口づける。
数時間前に繋いだ時ひんやりとしていた指は今は僅かに熱を帯びて。
その温もりを与えられるのは己だけだと云う事にすら、リクオの躰は高ぶっていく。
「鴆」
今、繋がっている躰の先からこの熱が伝わればいい。
「勝手に逝くなよ」
お前を繋ぎ留めておけるなら、オレはなんだってしてやるよ。
だから。
「オレの為に生きて魅せろ」
鴆は途切れる事無い快楽の波に揺られながらも、只、唯、見惚れた。
己の内に燃え滾る熱を埋めて想うが侭に貪る男。
普段は凛と涼しげな目元が朱に染まり、獰猛な色を携え鴆を見下ろす。
薄く形の良い口唇が僅かに開きちらりと覗く赤い舌。
長い指で絡め取られた指先に熱すぎる程の熱を移し。
重ねた肌から伝わる鼓動が刻む音をも重ねられ。
鴆の総てを奪っていく。
嗚呼、なんて。
「綺、麗…」
闇に生きながら、最も光に近い男。
壮絶な強さと妖艶な美しさを兼ね揃えた。
鴆が選んだ、唯一の、生涯の主。
「…褒め言葉にしちゃあ、戴けねえぞ」
ぐいと深まる繋がりに鴆が小さく吐息を洩らす。
それが、切欠。
散々と鴆を焦らしていたリクオが動きを変えた。
「っつ!?ひ、あ、あああ!!」
一度上げた甘い声を呑み込む事も出来ず、鴆は只その激しさに翻弄される。
「もっと…鳴け……オレのために…唄って、みろよ」
薄らと頬を滑る汗、寄せられた柳眉、快楽に高ぶり自分を見下ろすリクオに鴆の鼓動が更に逸る。
この男の快楽を、執着を、愛欲を、満たす事が出来るのは鴆だけなのだ。
リクオがどれ程に自分を欲しているか等、鴆には疾うに分かっていた。
愛惜しい程に惹かれているのは鴆も同じ。
愛狂惜しい程に求めているのは鴆も同じ。
分かっていた、だが、気付いてはいけない。
鴆は、リクオを、縛れない。
「…く、お…りく、お」
だから、せめて、名前だけ。
その名を呼ぶ事だけは赦してほしい。
「っ、あ、ああ、だめ…も」
絡めた指が結ばれる。
決して離れはしないのだと、強く強く結び付く。
「鴆…伴に、な」
最後とばかりにリクオの熱が鴆を融かして。
無数の光が、弾けて消えた。
愛しい、リクオ。
オレの、リクオ。
この短い命、総てを懸けて想うから。
だから。
お前を置いて先に逝く、狡いオレを赦してくれ。
大輪の華が咲く。
二人を照らす一際大きな枝垂れの華。
リクオの紅玉に。
鴆の銀朱に。
一瞬の命を焼き付けて。
闇夜を照らす、一輪の華。
20100824.深結
「恋華火〜月の花〜」
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