味見 | ナノ
今日は散々だ。
牛鬼に修業という名の婿いびりを受けた気分だ。
…否。
オレはアイツのためにももっと強くなんなきゃいけねえんだからこれぐらいなんともない。
明日こそ、絶対にオレの畏れを完成させてやる。
よし、そうと決めたらさっさと帰って飯だ。
そういえば、アイツ、美味いもん作るって言ってたな。
「ただい…」
戸を開けて、思わず息を呑んだ。
「あ、お帰り、リクオ。ハハ、牛鬼にたっぷりやられたみたいだな」
オレの前で無防備な笑顔を振り撒くのは何時もの事だ。
だが。
だがしかし!
「お前、それ…」
その格好はどういう了見だ、あ?
まさか普段もそれ着てんのかっ!?
「ん?あぁ、これか?着方が分かんなくて苦労したけど、料理するには意外と役に立つな」
その言い種と身に着けたそれを物珍しげに見つめる視線に初めて着たんだと悟り一先ず安堵した。
そして何より、次の言葉で全てを理解した。
「割烹着、持たせてくれた番頭蛙に感謝しねえと」
…………蛙、GJ!!!!
「ふぅん…結構似合ってんぜ?」
にやり、間違い無く今のオレはそんな笑いを浮かべてる。
「へへ、ありがとな」
だけどこの鈍感鳥は何時まで経っても学びやしねえ。
オレが、どんだけお前に貪欲なのかって事。
上から下へゆっくりと視線を動かす。
普段は落ち着いた色を好む身が包まれているのは純白のそれ。
母さんが着ている物と大差無いはずのそれがやけに眩しい。
以前、昼のオレが汚れると分かっていて何故白色なのか聞いていた様な気がする。
あの時、母さんは確か白に包まれると気持ちが引き締まるとかなんとか言ってたはずだが…ああ、そうだな、今ならよく分かる。
真白だからこそ、汚し甲斐があるってもんだ!
着物を隠すから肌蹴た胸元が見えないのが惜しいが、これはこれで脱がし甲斐もありそうだ。
割烹着の上から何時もの羽織りを肩に掛けているのは、まあこの際ご愛敬だな。
それに、この方がコイツらしい。
「で、何作ってんだ?」
ゆるりと。
背後に近付くオレにお前は気付かない。
そりゃあそうか。
ぬらりくらりはオレの十八番だ。
「薬膳粥と南瓜煮」
鍋から目を離さないのは今が大事な所なのかどうなのか。
とりあえず、オレには好都合。
「大したもんは作れねえけど、とりあえず疲労回復滋養強壮にはばっちりだぜ」
ふ、と。
お玉で掬った出汁を乗せた小皿がその口唇に運ばれる。
真白な器に触れた紅が水気を含んで艶を増す。
こくりと小さく上下した喉が、切欠。
「オレにも、くれよ」
その背中ごと抱き締めて、指を重ねて小皿を引き寄せれば僅かに残った出汁の甘香。
「リ、リクオッ!?」
漸く顔を上げた銀朱がオレを映した。
そう、それで良い。
お前の銀朱の双眸は、常にオレを映してれば良い。
オレが、そうである様に。
「味見ぐらい…いいだろ、鴆?」
その視線を受け止めながら、小皿の縁を舌で舐め取る。
お前が口づけたその場所に。
「っっ…!」
その瞬間、普段は蒼白な頬が一気に朱色に染め上がる。
そして又、オレは口端を持ち上げるんだ。
嗚呼、早く。
餓えたオレにお前を味見させてくれ。
20100812.深結
「味見」
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