願わくば、 | ナノ



「鴆を?あれはまだ子供だぞ」
「ですが、既に亡き先代を凌ぐ力を所持しております。あの力、利用せぬ手は無いと思いますが…」
「…否。あれは元服まで牛鬼に預ける」
「牛鬼…ですか?」
「あぁ、それに鴆には直に生まれる俺の子の遊び相手になってもらうと決めてある」
「ですが、鯉伴様…」
「俺が、そう決めたんだ。何か文句があるのかい?」
「……御意に」










「鴆、と申します。本日より暫しの間、牛鬼殿の御厚意に甘え牛鬼組に御世話を掛ける事になりました。未熟な手前ではありますが、一つ宜しく御願い申し上げます」
 まだ少し辿々しいが、幾端もいかない幼子にしては十分な口上を鴆が述べる。
 向き合うは牛鬼組の主たる面々。
 牛鬼や牛頭丸、馬頭丸とは先々代の頃からの付き合いであるが、ほぼ初対面の、奴良組内でも最強の武力を誇る男達に、鴆は臆せず笑って見せた。
 そして、その真直ぐな無邪気さは無粋だが兄貴肌の男達に直ぐに受け入れられる事となる。
 元々、勝ち気で気っ風の良い性格も幸いしたのだろう。
 鴆は、周りが危惧するよりも簡単に馴染んでいった。





「三代目が?」
「あぁ、先日お生まれになった。リクオ様、だ」
 総会から戻った牛鬼から告げられた吉報。
「鯉伴様の子…リクオ、様」
 鴆は嬉しくて堪らないと云った顔で何度もその名前を繰り返す。
「牛頭馬頭に支度をさせよう」
「え?」
「会いに行くのだろう?」
「いいのか!?」
「一人で飛び出されたら堪らんからな」
 ふ、と口許を緩めて鴆の頭を撫でる牛鬼に、
「有り難う、牛鬼!」
 満面の笑顔でそう応えると、直ぐにでも立たんとばかりに鴆は牛頭丸と馬頭丸を探しに行った。










「鯉伴様、お久し振りです」
 久し振りの本家にも戸惑う事無く、鴆は現総大将、鯉伴へ挨拶に赴く。
「応。鴆、元気に育ってるか?牛頭馬頭に迷惑掛けてんだろ」
 総大将とは思えない無邪気な笑みで頭を撫でられ、鴆の頬が僅かに朱に染まる。
「掛けてませんよ!それよりも、この度は三代目のご生誕おめでとうございます。奥方様共に御壮健でなにより」
「ハハ、有り難うよ。リクオはお前の弟みたいなもんだ。可愛がってくれよ」
「勿論です!」
 即答した鴆に鯉伴は更に笑みを深め、若菜ー!と愛妻の名前を何度か呼んだ。
「はいはい。もう、大きな声出すとまたリクオが泣くわよ」
「お、そりゃ困る」
 クスクスと笑い合う鯉伴と若菜。
 仲睦まじい二人のやり取りだが、今の鴆には何も見えていなかった。
 否、たった一人。
 若菜の腕の中から、真直ぐに鴆を見つめる視線。
 まだほんの小さな存在である三代目、リクオ。
 鴆は、その存在に釘付けになっていた。
 不意に、その小さな手が伸ばされる。
 間違い無く、意志を持って、その手は、鴆に、伸ばされた。
「お。コイツ、早速鴆に目付るとは、なかなかの面食いだな」
「鴆君。リクオと仲良くしてやってね」
 ニヤリと口端を緩めた鯉伴と穏やかな笑みを浮かべた若菜。
 そして、真直ぐな光を灯したリクオの眼差しが鴆を見つめる。
「はい、勿論…」
 伸ばされたリクオの小さな手を取れば、鴆の半分も無い指が、だが確かな力で鴆の指を掴んだ。
「……よろしくな、リクオ」
 予想以上の力強さ、それこそが生命の強さ。
 鴆は自分を見つめるリクオに満面の笑みで応えた。










「流石は鯉伴様の息子。リクオは絶対に良い大将になるぜ!」
 捩眼山に戻った鴆は、滅多に見れない程紅潮した顔で牛鬼に話をしていた。
 否、牛鬼だけでは無い。
 これまで出会う者全てに同じ話をしてきたのだ。
 牛頭馬頭は疾うに何処かに姿を消している。
「そうか」
「ああ、オレが仕える唯一の主だからな。リクオは必ずオレが護るんだ」
 力強くそう言い切る鴆に、牛鬼は片眸を細め口許を緩めた。
 唯一の主。
 それは、先代の鴆が残した言葉。
 彼は鯉伴を唯一の主とし、唯一無二の親友とし、最期までその意志を貫いた。
 そして、鴆はその想いを引き継ぎ、鯉伴と盃を交わさなかったのだ。
 鯉伴もそれに異議は無かった。
 だからこそ、鴆は奴良組では異質。
 元服すれば一派を預かる身となる鴆だが、彼に有るのは奴良組への義だけで忠を誓う相手がいない。
 幹部達はここぞとばかりに鴆を批判し、中には鴆一派の解散を唱える者もいた。
 だからこそ、鯉伴は鴆を牛鬼に預けたのだ。
 誰よりも奴良組を愛し、奴良組の未来を案じる男に。
「ならば、お前ももっと強くならねばな」
「応!」
 リクオが立派な大将になる事は、牛鬼にとっても望みだ。
 奴良組の未来は、安泰でなければならない。
 愛しい幼子達が背負う未来に一点の曇りも在ってはならないのだ。
 鯉伴が、牛鬼が、そして先代の鴆が愛するのは、奴良組と云う家族。
 願わくば、彼等にも同じ想いを。

 そう願わくば…。






20100806.深結
「願わくば、」








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