正しい尻尾の使い方 | ナノ
ふ、と意識が浮上すると共に視界が明るむ。
だが、眩しくはない。
寝惚けた頭でも部屋の照明が極力落とされているのだと分かった。
その唯一の光源を探せば、それは窓際に置かれた書き物机の側、小さな行灯が点す橙の火。
そしてその灯りが照らす見慣れた背中。
店で着ている縞模様の羽織を脱いだ、着流し姿の良太猫。
帳簿でも付けているのだろう、此方に気付く様子は無い。
トサカ丸はぼんやりとその背中を見つめていた。
不意に、トサカ丸の視線が捕えたのはふよふよと動く、長い尻尾。
自分の羽根と同じように意識して消す事が出来るらしいが、残念ながらまだその場面には巡り会えていない。
むしろ意図的に活用(?)してくるのだから、本人に消す意志は無いのだろう。
その良太猫御自慢の尻尾が右に左に揺れている。
それを追う様にトサカ丸の翡翠も揺れ始める。
右に。
左に。
上に。
下に。
くるり、と回って一旦停止。
「…っく、」
唐突に聞こえた吹き出す様な笑いに併せて震える尻尾。
不思議に思ったトサカ丸が視線を離した途端、ばちりとでも効果音が付きそうな程はっきりと濡羽色のそれとぶつかった。
だが、良太猫は振り向いてはいない。
書き物机の隣に置かれた鏡台越し、大きな鏡に映る自分と良太猫の視線がぶつかったのだ。
「み、見てたのか!?」
弾かれた様に視線を逸らしたトサカ丸だが、その鏡は一瞬で耳まで赤く染まっていく様を克明に映し続けている。
「ふ…っくく、偶々、見えただけっすよ」
「おおおお同じだろぉ!!」
笑いが止まらないのだろう、背中まで震わせ始めた良太猫が憎らしい。
「馬鹿!馬鹿猫!」
捨て台詞よろしく、その言葉を最後にトサカ丸は今の今まで自分が寝ていた布団に潜り込んで姿を隠す。
「おやまあ、随分な言われようで…」
未だ納まらない笑いを噛み殺しながら、漸く良太猫は今や布団の塊を映すだけとなった鏡から視線を外した。
「機嫌直してくださいよ?」
微かな衣擦れの後、トサカ丸に掛かる僅かな重み。
「それに今更でやしょう?」
ぽんぽんと布団越しに伝わる小さな振動。
「…なに、がっ!?」
もそもそと顔を出したトサカ丸を待ち構えていた良太猫の笑顔。
そして、ぽふんと顔面に押し付けられたふさふさの尻尾。
「トサカ丸が、此れで遊ぶの好きって事ぐらい、疾うの昔から知ってるっす」
ぽんぽんと一定間隔でトサカ丸の頭やら頬やらに触れてくる。
どうやらこれがさっきの振動の正体らしい。
「りょ、た、っんあ!」
突然、無防備そのもののトサカ丸から零れた嬌声。
軽く叩く様に触れていたそれが意図を以て肌を滑り始めたのだ。
擽る様に頬を撫で、舐る様に首を這い、寝乱れた襟合わせにするりと潜り込めば、遂にはトサカ丸の身体がふるりと震える。
「ほら、ね」
にいと細めた濡羽の黒玉で狙いを定め。
甘くとろける餌を仕掛けてじっくりと刻を待つ。
緩やかに弧を描いた薄い口唇が引鉄を引けば。
「今日もたっぷり遊びやしょうね」
後は美味しく食べるだけ。
20110913.深結
「正しい尻尾の使い方」
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