ラヴグラッセ | ナノ
「トサちゃんはどんなのにしたの?」
艶やかな声と仕草で問うてきたのは、化猫屋の姐さん達で。
「何が?」
だけど、その問いの意味が分からなくてオレは疑問で聞き返した。
「親分ったらかなり楽しみにしてたみたいだからぁ」
バレバレよねえ、なんて楽しそうに笑う姐さん達。
やっぱりさっぱり分からないけど、良太猫が楽しみにしてるんなら、もしかしてオレにも関係あるんだろうか?
「姐さん達、さっきから何の話してんだよ?」
「ふふ。今日はバレンタインデーよ。チョコレートに決まってるでしょう」
あぁ、バレンタインか、なるほど…。
「って?え?なんで?」
バレンタインって女の子のイベントだろ!?
「…あらやだ。この子ってば本当に分かってなかったのね」
「親分も大変ねえ」
慌てるオレとは対照的に姐さん達はやっぱり楽しそうに笑ってて。
「お前達、そろそろ時間だぞ」
「はぁい。じゃあトサちゃん、後で色々聞かせてね」
またねぇ、と、オレの頭を撫でて店に出て行く姐さん達を呆然と見送る。
なかなか整理出来ない頭で、それでも三郎猫が来なかったら間違い無くオレは玩具にされてた事は分かった。
「ありがと、三郎猫」
「いやいや。あんまり気にすんなよ?親分だってどうしても欲しいって訳じゃないだろうし」
…ん?
それってもしかして。
「良太猫、オレからチョコ貰いたいのか!?」
オレはそれにビックリした。
「え…トサカ丸、マジで気付いてなかったのか!?」
けど、三郎猫は姐さん達と同じ反応で、そんなオレにビックリしてた。
「だって、オレ、オスだし…」
そんなオレがチョコをあげるっていう概念が存在しないだろ。
…オレ、なんか間違ってるか?
「いや、性別とかじゃ無くてさ…この数週間、親分があんなにアピールしてたのに、気付かなかったのか?」
そう言われて少しあやふやだけど最近の記憶を辿ってみる。
「今月はデザートを目玉にしようと思うんっすけど、トサカ丸はチョコとか好きっすか?」
「疲れた時は甘い物が食べたくなるっすよねぇ、ほら、チョコとか!」
「ワシ、今年からチョコは一個しか貰わないって決めたっす!」
………やばい。
ものすごくアピられてた。
特に最後とかなんで気付かなかったんだよオレ!!
そもそも、何時もは無理強いなんてしない良太猫が今日だけは絶対に空けてほしいなんて言った時点で不思議に思えよ!
「ど、どどどうしよう、三郎猫!オレ、何も準備してない!」
というか、心の準備が出来てねえ!!
「今から買いに行くってもなぁ」
三郎猫が視線を向けた先の時計が差してる時間は良太猫との待ち合わせまで残り五分。
「良太猫…ガッカリするよな」
オレのせいで良太猫が悲しむとか、そんなの嫌だ。
でも、後五分で何が出来る?
「うーん……あ、こんなのどうよ!」
「…っ!?出来るか、馬鹿!」
耳打ちされた三郎猫の閃きはちょっと、否かなり恥ずかしくて即却下しておいた。
此処は化猫屋の離れにある座敷の一つ。
座敷と云うよりはちょとした個室の様なものだ。
二間続きになった部屋と、小さいながらも内風呂を備えた、謂わば宿の様なもので。
リクオ様が鴆様と飲む時に使われたり、ささ美や毛倡妓達が月に一度の女子会(?)として使ったり、ほんの少しだけ、居酒屋とは違う雰囲気を楽しむ所。
そんな座敷にオレは居る。
目の前に並んだオレの好きな甘めの酒と店主自慢の料理の数々。
そして、笑顔の化猫屋店長…もとい、オレの恋人、良太猫。
この顔は間違い無く期待してる…よなぁ。
ああ、オレの馬鹿。
なんで、本当、気付かなかったんだよ。
「トサカ丸?何か嫌いな物でもあったっすか?」
ぐるぐると自己嫌悪にハマってたオレを心配気に見る良太猫と視線がぶつかる。
「い、いや、ないよ!全部美味かったし!」
僅かに熱を持ち始めた頬を誤魔化す様に大袈裟なぐらい首を横に振ってみる。
実際、どの料理もオレの好きなものばっかで美味しかった。
流石のオレでも、普段はメニューに無い料理をわざわざ頼んでくれた事ぐらい分かる。
良太猫は本当に優しくて、時々意地悪だけど、そんなの忘れるぐらい優しくて。
「良太猫…あの、さ」
だから、そんな良太猫に隠し事なんてしたくなかった。
「オレ、今日…」
ちゃんと、謝らなきゃ。
「今日、トサカ丸と一緒に居られて良かったっす」
「え?」
「本当は黒羽丸さんやささ美さんと過ごすと思ってたんすよ」
そういえば、二人もやけに今日の予定を気にしてた。
「でも約束したから」
今日は絶対に良太猫と一緒にいるって。
「そう。トサカ丸がワシを選んでくれた。それだけで、すごく嬉しいんっす」
満面の笑みで笑う良太猫に、今度こそ耳まで熱くなるのを止められなかった。
良太猫は分かってるんだ。
オレがチョコレートを用意してない事。
それなのにオレがそれを気にしない様にしてくれてる。
本当に優しくて…。
「良太猫。ちょっと待ってろ!」
その優しさに甘えてばっかじゃ、ダメだろ。
「お待たせしましたー」
片付けられた料理の代わりに、三郎猫が運んできたのはオレが頼んだチョコレートパフェ一つ。
首を捻る良太猫を横目に唯一事情を知ってる(むしろコイツの閃きだ)三郎猫は立ち去る前にオレに小さくウインク一つ。
恥ずかしがってる場合じゃ無いだろ。
甘えてばかりじゃ伝えられない。
頑張らないと伝わらない。
「りょ、良太猫!」
自分でも分かるぐらい顔が火照ってるし、耳まで熱いし、瞳の奥がツンってしてきたし、きっと今のオレは全然格好良く無いだろうけど。
意を決して掴んだスプーンに三郎猫のサービスなのか山盛りの生クリームとチョコアイスを乗せて良太猫の口元に運ぶ。
「あーん、して!」
「……………………………」
…え、ちょ、なんで沈黙?無反応!?
オレまた何か間違えた!?
三郎猫の馬鹿野郎ー!!
ああもう、どうしよう、黒兄、ささ美!
不甲斐無い次男でごめんー!
「っ、やっぱこんなんいやだよな?オレちゃんとチョコ買うから!!だから、」
ごめん、って続くはずの言葉は、スプーンを持つ手に感じた重みで吹き飛んだ。
「りょ…」
目の前にはオレと同じくらい顔を赤くしてスプーンをくわえた良太猫。
これって、もしかしなくても…良太猫も照れて、る?
……そっか。
そっか!
「な、美味い?」
なんだかすごく嬉しくて、視線を彷徨わせてる良太猫を覗き込む。
だけど、同時に気付いた。
一瞬だけ驚いた様に見開いた瞳が直ぐに細められた事。
これは、良太猫が意地悪になる合図。
やばい、って思った時にはもう遅くて、
「っ!ん、んーっ!?」
ぐい、と、腕を引かれたと思った次の瞬間には口の中に広がる冷たい甘さ。
だけど、冷たいと思ったのは最初だけで、後はもう熱くて甘くてとろけそうで。
「最高に美味いっすね」
間近で笑う良太猫に、オレは頷く事しか出来なかった。
…美味いのはチョコパフェでオレじゃないからな!
20110216.深結
「ラヴグラッセ」
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