よくある年末の風景 | ナノ



 本家の縁側に座って庭を眺める。
 師走らしい冷たい風が吹くものの、それすら吹き飛ばす熱気に笑いが浮かぶ。
 リクオを中心に側近連中や小妖怪、三羽鴉まで借り出されて。
 今日は、奴良家総出の餅つきだ。

「鴆様、そのままでは風邪をひかれますよ?」
 耳に心地良い甘やかな声と共に背中に感じた羽織の温もり。
「ありがとな、トサカ丸」
 礼を言いながら振り返れば、そこには予想通りの笑みを浮かべた三羽鴉の次男坊の姿。
「お礼ならリクオ様に言ってください。きっと喜ばれますから」
 何故、と問う前に気付く。
 この見慣れた羽織はリクオの物だ。
「あぁ…そうするよ」
 小さな心遣いが嬉しい。
 リクオの中で、オレと云う存在が、消えない事が。
 とても嬉しい。
「皆、楽しそうですね」
 オレの隣に座り、同じ様に庭先に視線を送るトサカ丸。
「戻らねえのか?」
 オレの疑問は真っ当だろう?
 先刻までトサカ丸もその視線の先に居たのだから。
「……えぇと、その」
 だが、トサカ丸はその問い掛けに一瞬口籠り。
「実は、追い出されてしまいました」
 少しだけ頬を赤くして苦笑しながらそう言った。
「どうもオレはあーゆーのが苦手で…」
 よくよく思い出せば、何度か黒羽丸とささ美の悲鳴が聞こえていた気がする。
「危うくリクオ様の手も潰してしまうところでした、済みません」
 成程、それで追い出されたのか。
 顔は笑っているものの、実際かなり落ち込んでいるのが分かる。
 コイツはその派手やかな見た目と違って今時珍しい程純粋で繊細だ。
 多分、あの兄妹に図太さやら何やら全部持っていかれたに違いねえ。
「リクオなら多少潰した処で何ともねえよ。気に済んな」
 消沈気味の背中を軽くポンと叩いてやれば、キョトンとした顔がオレを見る。
「でも、手が潰れてしまっては繋ぐ事が出来ませんよ?だからやっぱりだめです」
 思いもしない返しに、今度はオレが目を丸くする番だった。
 手を繋ぐ、事がとても大事なのだと、至って真剣にオレを見ているトサカ丸。
「ククッ…そうか、そうだな。お前も良太猫の手は潰したくねえもんな」
「えっ…」
 一拍置いて、みるみる赤く染まっていくトサカ丸に益々笑いが深まる。
 そうか、これがあの兄妹の育成結果か。
 これはこれで可愛らしいが、余りの純粋さに良太猫に同情すら浮かんでくる。
 否、アイツは生粋の賭博師だから、多少難攻不落な方が丁度良いのかもしれねえな。
「良太猫とは上手くいってんのか?」
 思わずからかいの言葉を溢す。
 って、これじゃあオレもリクオの事エロオヤジだの何だの言えねえや。
「し、知りません!今はリクオ様の話でっ、」

「ボクがどうかした?」

 不意に割り込んできた聞き慣れた声音。
「リクオの手が潰れなくて良かったなって話だよな、トサカ丸」
「は、はい」
「あぁ、さっきのはちょっと危なかったけど」
「す、すみませんっ!」
 苦笑したリクオにトサカ丸の表情がまた僅かに焦り出す。
 リクオの背後に見える兄妹も先程から此方をちらちら気にしてばかり。
「じゃあお詫びって事で、お使い頼んでいい?」
 ニコリと笑ったリクオに、あぁ、こいつまた何か企んでるなと心の中で溜息を吐く。
「このお餅、化猫屋まで届けてきてね」
 リクオがトサカ丸に渡したのは正に今出来たばかりのつきたての餅。
「はいっ…え?」

「「ええぇっ!?」」

 背後でトサカ丸以上に驚いた声が聞こえたがリクオは無視を決め込んでる。
「後、頼んでたお酒を持って帰って来てくれる?大量にあるから落として割らない様に良太猫と二人でゆっくり帰ってくるんだよ」
「リクオ様!それなら俺とトサカ丸で行ってきます!」
「黒兄は皆に指示するんでしょう!私とトサ兄で行きます!」
 見事な俊足(羽根?)でリクオの前に躍り出た兄妹。
「もーダメダメ。ボクはトサカ丸に頼んだんだから。ほら、行っておいで」
 その決定に有無を言わせずリクオはトサカ丸を送り出して残った兄妹を再び餅つきに専念させる。
「なかなか良い処あるじゃねえか」
「へへ、惚れ直した?」
「調子に乗るな、バカモノ」
 軽口話をしていると向こうからリクオを呼ぶ側近達の声が聞こえる。
 次の餅の準備が出来たのだろう。
「ほら、呼んでるぞ?手、潰されねえように頑張ってこい」
 トサカ丸が居ないからこそ言える冗談でリクオを促せば、唐突に目の前に差し出された右手。
「鴆くん、一緒に行こう」
 リクオの手に手を重ねれば、それは直ぐに強く結ばれる。
「ねえ鴆くん。ずっとこうやってれば潰されないでしょ」
 ニコリと笑うリクオに、オレよりも幾分か暖かい体温に。

 それも悪くないと思った。










20101231.深結
「よくある年末の風景」








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