若と薬師と弟馬鹿と | ナノ



「………何?」
 聞き間違いだ。
 そうだ、そうに違いない。
 俺が何十年も手塩に掛けて育ててきた可愛い弟が、あんな猫野郎に心を許す筈が無い。
「トサカ丸、悪いがもう一度言ってくれるか?兄さん、よく聞こえなかったよ」
 だから、今のは絶対に聞き間違いだ。
「……あの、な」
 長い睫に飾られた翡翠の双眸が大きく揺れる。
「なんか、その…良太猫、さん…に」
 その名前を口にした途端、元々表情豊かな顔が薄らと朱に染まった。
「こ、こ…告られたんだけど、どうすればいい!?」
 何故、瞳を伏せる。
 何故、頬を染める。
 何故、嬉しそうなんだー!!
「……そうか、よぉし、カラス共、殴り込みだ!」
「え、ちょ、黒兄!?」
「猫風情がっ!俺の可愛い弟を誑かしやがって!!(※仮にも一派の頭首です)」
「わー、待て!待てってば!ささ美も止めてくれよ!!」
「トサ兄を傷物にしようだなんて良い度胸ね、泥棒猫(※だから頭首なんです)」
「なっ、こら、鞭終えーっ!!!」










「……と云う事があったので、即刻化猫組を破門してください、若」
「お前、馬鹿だったんだな」
「失敬な。俺は馬鹿では無く弟馬鹿です!!」
 若だって鴆様馬鹿じゃないですか。
「つかよぉ、人の楽しみを邪魔した理由がそれか、おい」
 そんなん知ったこっちゃありません。
 若の楽しみなんて、どうせ障子の向こうで笑ってらっしゃる鴆様とイチャイチャする事なんだから、俺にはそれよりトサカ丸の方が大事です。
 俺の可愛いトサカ丸があんな野良猫如き(※頭首ですってば)に鳴かされるのかと思うと………。



「ふっ、い…やだ、りょ…た」
「いや?違うっすよね…こんな時はなんて言うのか、教えたはずでさぁ…ほら、トサカ丸?」
「………っと、して、きもち、いこと…りょ、たねこに、いっぱい、してほし…」
「…よく出来ました」



「俺のトサカ丸がーーっ!!!」
「煩え、弟馬鹿野郎っ!!!」
 ゲシッ……って。
 今、本気で足蹴にしましたね。
 この十二年、トサカ丸には遠く及ばずとも親父と供にそれなりに手塩に掛けて育ててあげたというのに!
「お前に育てられた覚えはねえよ。つか、トサカ丸の奴、四六時中こんな変態と一緒でよくあんな真直ぐ育ったもんだぜ」
 当然じゃないですか!
 俺とささ美が注げるだけ注いだ愛情のお陰でトサカ丸は真直ぐ元気に愛らしく育ったんです!!
「……お前等、三つ子だったよな?」
 そうですよ、俺達は三位一体。
 むしろ俺と合体しt
「うぜえ!」
「っ!若、さっきからゲシゲシと蹴り過ぎですよ!それに人のモノローグにツッコミ入れないでください!」
「何がモノローグだ!声に出てんぞ、ダダ漏れなんだよ!」
「ダダ漏れ結構!溢れ出る俺のトサカ丸への熱い想いは誰にも負ける気はありませんから!!」
「………ほう」
 突然低く鋭くなった若の声音。
「それはあれか?オレが鴆を想う気持ちがお前に負けてるとでも言いてえのか、あ?」
 どうやら若の逆鱗に触れたらしい。
 別に、比べるものでは無いだろうに。
 それに若がどれだけ鴆様に固執してようが執着してようが、正直俺達に迷惑掛からなければどうでもいいんですけど。
 本当に負けず嫌いな方なんだから。
 負けず嫌いと言えば、トサカ丸もなかなか負けん気が強い。
 この間、ささ美と最後のアイスを賭けてジャンケン勝負をした時も、何度やっても勝てなくてむきになるトサカ丸が可愛かった。
 結局、アイスの事をすっかり忘れて勝つまでジャンケンしてたんだぞ。
 アイスは物の見事に溶けてしまって、必死にささ美に謝るトサカ丸。
 これを可愛いと言わず何と言う!!
 ささ美の如何様はどうかと思ったが、可愛いトサカ丸のせいなら仕方無い。
 勿論、アイスは後で俺がたっぷりと買っておいたさ。
「う丸…黒羽丸!」
 不覚にも軽く肩を揺らされるまで呼ばれていた事にさえ気付かなかった。
「鴆様」
 俺を呼んだのは、何時の間にか縁側に姿を見せた鴆様で、僅かに着崩れた着流しから覗く薄らと色付いた肌が今までの情事を物語っていた。
「ったく…お前、アイツの話全然聞いてねえだろ」
「はい。あ、いえ、すみません」
 げんなり気味の鴆様が指差すは、自己世界陶酔中の我等が主。
 声高らかに…鴆様への愛、というか羞恥プレイですか、これ?
 鴆様の顔色が段々と悪くなっていってますけど。
「いや、すまねえ。頼むから何も聞かなかった事にしといてくれ」
「は、はあ…」
「にしても良太猫がねぇ…薬届けるついでで良けりゃあ様子見てきてやるよ」
 綺麗サッパリと主兼恋人を空気同様にした鴆様が苦笑しながらそう言ってくださった。
 いっそ毒でも仕込んでください。
 とは、何よりも命を重んじるこの方には冗談でも到底言えない。
 言った瞬間、若に蹴られるどころじゃない…多分、本気で祢々切丸を抜かれる事間違い無い。
「お願いします…では、そろそろパトロールに戻りますので」
 ああ、そうだ。
 パトロール区域も変えないとな。
 トサカ丸を一番街に近付けないよう、ささ美と相談しなければ。
「黒羽丸」
 はい、と振り向けば鴆様は何とも云えない困惑気味な顔で言葉を探している様だった。
「お前達なら……トサカ丸の気持ちも、考えられるよな?」
「……鴆様、大分冷えてまいりました。そろそろ部屋にお戻りください」
「黒…」
「今日はお楽しみの処をお邪魔して申し訳ありませんでしたね」
「っ!ばっ、そんなのは気にしなくていいんだよっ!」
 一気に赤くなった鴆様に、俺は曖昧に笑い一礼して空へと羽根を広げた。
「あ、おい、黒羽丸!?っ、リクオ!何時までもこっぱずかしい事してねえで何か言えよ!」
「…止めとけ、鴆。惚れた腫れたにそんな理屈は通りゃあしねえ。それにトサカ丸の事ならアイツが誰より分かってんだろ」
 後ろから聞こえるやり取りに、やっぱり若には適わないなと苦笑が洩れた。
 が、次いで聞こえてきたやり取りに、
「それよりも……お前、人の告白をこっぱずかしいたぁどういう了見だ」
「え、告白って…あれがか?」
「応」
「どう聞いても猥談だったぞ?」
「お前がエロいのが悪い。って事で続きは閨で話してやるよ」
「リク………っ!!あれオレの事なのかーーっっ!?」
 …鴆様の為にも、近く公然猥褻取締を強化しようと思う。










 投げ掛けられたそれは、とても簡単でとても難しい。

 とても単純で、そして、とても残酷な質問。

 俺は…未だその問いに頷く事は出来そうにない。


 とりあえず、今は。


「カラス共、今日から徹底的に一番街を見張るぞ!」


 トサカ丸の気持ちがこれ以上傾かない様に精一杯足掻いてみようか。










20101106.深結
「若と薬師と弟馬鹿と」








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