海王星、散る


「ぐっう・・・!」


この敷地内では悪魔は出ないはずなのに、どうして・・・!放り投げられた私は、地面に転がりながらそればかりを考えていた。もしかして、メフィストさんの気まぐれだろうか。私に試練を与えたかったのか、それともただ面白さを求めたのか。私には何が原因か分からないが、とりあえずこの状況を打破しなければならない。
いつの間にか私は、この木の悪魔に囲まれていた。武器なんて大層なものは持っていないし、聖水も無い。


「それがどうした。」


独り言を呟いて、私は立ち上がる。こんな悪魔を倒せずに、何が『燐を守る』だ。鼻で笑ってしまう。くしゃ、とポケットの中で魔法円を書いた紙が鳴くが、これは使える気がしない。
まずはこの、囲まれた状況をどうにかしなければならない。悪魔は、私のその考えを嘲笑うかのように、じりじりと横へ移動する。かごめかごめか。


「くっ!」


私は正面に駆けていく。しかし、さっき私が捕まれたつたがまた伸びてきて、足をさらう。突然の障害物を避けられるはずもなく、私は無様にもまた地面を転がる。それをさも面白そうに悪魔は笑った。
それから、立てと言わんばかりにつたが私の体を打ち、終いには逆さに宙吊りにされる。なんとかこのつたを外そうとするが、ただの人間である私がどうにか出来る様子もなく、されるがままだった。


「・・・。」


悔しい。その念が私の心を満たしていく。特殊な能力もなければ、何の積み重ねもない私が、複数の悪魔に勝てるわけがない。それでも諦めたくない。すっかり血の滲んでしまった指先は、力が入らなかったが、足に絡みつくつたを取り払おうと懸命に動かす。
その時、パンパンと銃声が鳴り響いた。それに驚いたのか、つたが一瞬緩む。私の足はやっと自由になった。どしゃりと格好悪く地面に叩きつけられる。一瞬ふらりとしながらも立ち上がり、視線を巡らす。すると、暗闇から青い炎が浮き上がった。


「彗!!」

「・・・燐。」


自分が想像していたよりも美しい青い炎を纏いながら、燐が悪魔を一体斬り、輪の中へ入ってくる。兄さん!と奥村先生が燐を呼ぶ声がする。私はとうとう、その場にへたりこんでしまった。


「雪男!お前は外から援護射撃な!」

「燐・・・なんで・・・。」

「寮まで悲鳴が聞こえてきてよ、何事かと思って見に来たら・・・。」


遅くなってごめんな、と言いながら燐は私の頭を撫でる。そして燐が立ち上がり、剣を持ち直した。


「ち、違う、燐、待って、待って・・・!」

「あ?なんだよ?」

「違う、違うの・・・私、私が倒さなきゃ、私、燐を守りたいから・・・。」

「彗・・・?」

「今度は、私が燐を守りたい。こんなところで、負けてられない。」

「おい、何言ってんだよ。なあ!」


ポケットから魔法円を書いた紙を取り出して、地面に並べる。全部で5枚あった。自分に素質があるのかも、アレンジしたこの魔法円で呼べるのかも分からない。それでも今やってみなければ、また私は守られてしまう。
まず1枚目。取り出したときにもう血は付いてしまっていたが、念のためにもう一度血を付ける。


「召しませ、召しませ、ここに召しませ。」


何も起らない。私は次々と紙に乱暴に血を付け、召還しようとする。悪魔たちは、燐の青い炎を見てからというもの、手を出して来ようとはしない。
あっと言う間に最後の1枚となった。燐は何も言わず、何もせず、ただ見ていてくれている。きっと、私がこんなに必死になっている理由も知らないのに。きっと召還できると信じて、私は最後の紙に血を付ける。私は何の為に、ここに来たのだ。


「(燐を、守る為。)」


唱え終えると、今までとは違う反応が見て取れた。ひゅう、と魔法円から風が生まれる。そして、一際大きな風が吹くと、私たちを囲んでいた悪魔は悲鳴を上げながら燃えていく。
悪魔ではなく、今度は炎に囲まれた事にぎょっとしていると、いつの間にか私の目の前には何かが居た。黒い豹だ。爛々と輝かせた目をニヤリと細めると、ボンと煙を上げて消えてしまった。
あれほど苦戦した悪魔が燃え尽きていく。私は、召還に成功して、悪魔を倒す事が出来たのだ。私にも出来た。ああ、良かった。私はやっと、恩返しの一歩を踏み出す事が出来た。


「お、おい、彗!?」


最後にもう一度地面に身体を打ちつけると、私は意識を投げ出した。
20110929
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