木星を喰らう


資料を探しに書庫へ行くと、そこには真剣な顔をして本を呼んでいる天野さんを見つけた。塾へ入る際、フェレス卿から『この子を宜しくお願いします』と言われただけで、その素性は分からない。ただ僕は、只者ではないのだろうと思いながら、彼女を観察してきた。
兄さんも彼女を気にかけているらしく、最近は弁当を作ったり、途中まで一緒に帰っているようだ。僕よりも接触しているはずなのに、兄さんでも彼女の家や、途中で塾へ入った理由を知らない。フェレス卿が絡んでいるとなると、また目が離せなくなる。


「塾が終わっても勉強なんて、熱心ですね。」


思い切って話しかけると、彼女はスッと顔を上げて僕を見た。芯のある瞳が僕を映す。その目は、まるで僕の裏まで見透かされているようで居心地が悪かったが、それは気のせいでしかない。
隣に座って少し話をしようとすれば、その椅子にも本が積み重ねられていた。それはどれも、テイマーに関する物ばかりで、なかなかの分厚さの物ばかりだった。僕の意図を汲み取ったのか、彼女は今読んでいた本を伏せ、椅子に積んであった本を移動させる。


「テイマー志望ですか?」

「・・・素質があれば。」


静かにそう言うと、彼女は再び本を持ち上げる。その本の下からは、自分で書いたのか、歪な魔法円が書かれた紙が幾つか出てきた。その紙を見せてもらうと、所々少し違って書かれている。


「天野さん、これは・・・。」

「少しでも、強い悪魔を召還出来る様に。」

「それで、テイマーに関する本を漁っている訳ですか。」

「私は、剣も銃も使えないし、ましてや、聖典なんてよく知らないし馬鹿だから覚えられないし、医学の心得も無い。」

「・・・。」

「だから、天性の才能とやらに、かけるしかなくて。」

「天野さ、」

「そうじゃないと、守れない。」


くしゃ、と書きかけの魔法円が、彼女の手の下で小さく悲鳴を上げた。


「・・・誰を、守るんですか?」

「・・・。」


その質問に答えないまま、彼女は静かに本を片付け始めた。数枚の魔法円は、制服の胸ポケットにしまわれた。そして、まとめた本を抱えると僕に向き直る。


「私と、私の母を、アクマから救ってくれた人。」

「アクマ・・・?過去に、悪魔に襲われたんですか?」


それ以上言う気は無いのか、彼女は僕に背を向ける。僕は行かせまいと、彼女の腕を掴んだ。すると、本がバラバラと床に落ちる。再び書庫に静寂が訪れると、彼女がやっと振り向く。
僕を見ているようで、見ていない。そんな双眸が、僕を射止める。僕を通して、誰を何を見ているというのか。


「青い夜・・・。」

「え?」

「青い夜の日、父は、母を、いつものように暴行、していて。」

「・・・。」

「私は、まだお腹の中だった。私を必死に守ろうとする母は、ただ暴行を受けるしかなくて。」

「そ、れで・・・?」

「聖職者の癖に、アクマのようだった男は、突然、青い炎に包まれた。私たちは、サタンに救われた。君たち双子が、燐が生まれなければ、私たちは死んでた。」


その恩返しに、兄さんを守ろうというのか。こんな、細い腕で。いや、こんな細い腕だからこそ、テイマーの道に縋るしかなかったのか。僕が腕を掴んでいる力を抜くと、彼女はしゃがんで黙々と本を拾い始めた。
僕が手伝う前に、彼女は全ての本を拾い上げて立ち上がる。そうしてまた、僕の方を向いた。僕は、その双眸が見られずに、つい目をそらしてしまう。


「・・・こんなに、自分の事を誰かに話したのは、初めて。」

「・・・そうですか。」

「多分、奥村先生だから話せた。他の祓魔師だったら、悪魔に魂を売ったって、追放されてると思う。」

「かもしれませんね。」

「・・・じゃあ。帰るから。」

「待って。」


今度は、声だけで彼女を引き止めた。彼女は律儀にも、きちんと僕の方に向き直って言葉を待ってくれている。きっと、兄さんから懲りずに話しかけられた時も、同じ態度をとったのだろう。


「僕も、兄さんを守りたいと思ってるから。」

「・・・。」

「だから、困ったことがあったら、頼ってください。」

「・・・ありがとう。」


そう言って、彼女が少し笑ったような気がした。薄暗い書庫の中、その真相は定かではないけれど。兄さんが見たらどんな反応をするだろう、と思ったら少し笑えた。
20110924
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