金星が沈む
「ほら彗、今日の晩飯はこれ食えよ。」
「・・・。」
あれから月日は少し経ち、彗の事が少しずつ分かってきた。あの時の雰囲気は何とも言えず怖かったけど、何故か俺は彗の事が気になって仕方がなかった。雪男に相談してみたら、『じゃあ頑張って話しかけてみたら?』と面倒臭そうに言った。
兄の相談を・・・と恨めしく思いつつ、その通りに行動してみれば、段々緊張する事がなくなっていった。お陰で、今では名前で呼び合うようになった。・・・彗はなかなか呼ばないけど。
相変わらず家の場所は分からないが、食事をまともに摂れていないとか、話しかければ何かしらのアクションが返ってくる。今も、少し眉間に皺を寄せて、俺が持っている弁当箱を見ている。
なんでも、頻繁に家に遊びに来る人が作る料理が、壊滅的にまずいらしい。紫色のスープを飲んで以来、トラウマになっているとか。それからは、朝は食べず、昼は半額パン。夜は外食を中心にたまに自炊をしているらしい。そんな話を聞いてから、俺は彗に晩飯を作るようになった。彗は気が引けるらしく、なかなか受け取ろうとしないが、しつこく押し付けると渋々貰ってくれる。押しに弱いらしい。
「燐・・・すごいね・・・。」
「はあ?なんだよ、しえみ。」
「だって、もう天野さんと仲良いし、名前で呼んでるし・・・。」
「意外と話してくれるぞ?」
「えっ、ホント!?わ、わわ、私とも、お喋りしてくれるかなぁ?」
「あー、最初は愛想悪いとか思うかもしれねぇけど、無視とかは今までされたことねぇな。」
「それほんまなん?」
「うおっ、志摩・・・。」
「俺、まだあの子に話しかけた事あらへんねん。」
真剣な顔をして話す志摩の目線の先には、机に置きっぱなしの弁当箱とにらめっこをしている彗の姿。やっぱかいらしなぁ、と呟かれた志摩の言葉に、胸の中がズンと重くなるのを感じた。
「・・・可愛いか?」
「奥村君、それほんまに言うてます?」
「だっ・・・てよ、愛想はねーし、何考えてんのかもわかんねぇし。」
「綺麗な子だよね!」
「ああいう子には、大抵かいらしいギャップがあるもんや。」
「はあ?何言ってんだよ。」
「奥村君こそ、何言うてはりますの。」
「喧嘩売ってんのか。」
「まさか!ライバルは少ない方がええわ。」
メアド聞いてくる!とニヤニヤした顔をしたまま、志摩は彗が居る方へ行ってしまった。また胸の中が重くなるのを感じる。胸糞悪い。
何となく気になって二人を見ていると、彗は相変わらずの無表情のまま志摩の話を聞いている。そして暫くすると、彗はカバンからケータイを取り出した。マジかよ、そんなあっさり・・・。
そこからどうにも見ていられなくなって目をそらすと、しえみが俺を見ていることに気が付いた。困惑したような、悲しそうな顔をしている。
「燐は・・・。」
「・・・おう?」
「燐は、天野さんの事、嫌いなの?」
「・・・はあ?」
「だ、だって、愛想が無いとか、そういう事しか言ってないし・・・。」
「い、いや、だからと言って別にキライとか言ってねーし!」
「・・・そうだよね。嫌いだったら、お弁当作ったり、一緒に帰ったりしないよね!」
しえみは安心したように笑った。
俺はもう一度彗の方に視線を向ける。一方的に話しているのは志摩で、彗はそれに時たま頷いたり、首を振ったりするだけ。彗が口を開いている様子はない。
その様子を見て、俺は言いようの無い安心感と優越感を覚える。この中で彗と一番仲が良いのは俺だ。そう考えれば、沈んでいた気持ちが軽くなっていくのを感じた。
そして一つ、分かった事がある。
「ああ、嫌いじゃないからな。」
俺は、どうやら彗の事が。
20110905