太陽の雫


あれから少し塾を休んだ。結局、燐には逃げられたままで、返事は貰えていない。しかし、私は言ってしまえた事に満足してしまったのか、返事がなくてもそれはそれで良いと思っていた。
長く塾を休むわけにはいかないので、多少の身体の痛みは我慢して塾へ行く事にした。血まみれだった指先は、すっかりかさぶたに覆われた為、ペンは持てる。それだけで十分だろう。まだ塾へ行くには早かったが、私は家を出る事にした。皆にどう伝わっているのかは分からないが、皆が居る中で教室に入っていく勇気は無い。


「行ってきます。」


身体の痛みを噛み締めながら、やっとの思いで自分の席までたどり着く事が出来た。思惑通り、教室には誰も居らずシンと静まり返っている。今日、やっと燐に会えるのかと思うと、図らずとも胸が高鳴ってしまう。どんな顔をするだろう。もしかしたら、顔を合わせてくれないかもしれない。案外、いつも通りかもしれない。
段々と落ち着かなくなってきて、私はあの時使った魔法円の紙を取り出す。紙が破れて、魔法円の一部が途切れてしまっている。呼び出すことが出来た悪魔、フラウロスは、紙が破れなかったら何て言葉を寄越しただろう。フラウロスとも話をしてみたいが、何も無いのに呼び出すのは失礼だろう。メフィストさん曰く、上級悪魔のようだし。

そんな事を考えていると、教室のドアが開いた。目を向ければ、そこには驚いた顔をした燐が居た。学校が終わるには早い時間だ。という事は、サボりというやつなのだろうか。私たちは、互いに言葉を発する事無く見つめあう。それから、燐は気まずそうに視線をそらした。


「やっと、来れる様になったんだな。」

「うん。」

「あー、と、まだ、痛むのか?」

「少し。」

「そ、そうか・・・。」

「・・・。」

「・・・。」

「・・・燐。」

「おっ、おう!?何だ!?」

「無理して、返事をしなくても、良い。」


この会話の事じゃないことくらい、分かってくれただろう。私がそう言うと、燐は眉間に皺を寄せて押し黙る。私はそこで、燐から目を離した。困らせている事に、少し罪悪感を感じる反面、燐が私の気持ちを無碍にしてしまっていない事が分かって嬉しかった。
この話は終わりだ。心の中にある宝箱の中に、そっとしまって鍵をかけてしまおう。そうしたら、奥村燐は元の通り、私の神様になる。


「それで、良いのかよ。」


新しい魔法円でも描こうとしたところで、燐がポツリと呟いた。燐が歩いてくる音がする。机の上に影が落ちる。影を見上げる。美しい、青の瞳に目を奪われる。


「・・・俺は、初めて会った時、彗に嫌われてるんじゃないかと思ってた。」

「・・・。」

「でも、それは俺の勘違いで、彗は、俺が彗を知る前から、俺を守りたいとか言う、変なヤツで・・・。」

「・・・燐。」

「俺が、俺がどんな気持ちで、今日まで・・・っ!」


机越しに、抱き締められる。私の身体を気遣ってか、それ程力は込められてはいない。それでも、とても温かく感じる。好きな人から抱き締められるというのは、こんなにも温かく居心地が良いものなのか。震える燐の背中を撫でれば、ほんの少しだけ力が込められた。


「なあ。」

「何?」

「俺、サタンの落胤なんだ。」

「知ってる。」

「悪魔なんだ。」

「うん。」

「それでも、こんな俺のこと・・・。」

「燐は、嫌だと思うかもしれないけれど。」

「・・・おう。」

「私は、そんな燐が、好き。」

「・・・。」

「守りたいと、思うよ。」

「はは、それは俺の台詞だっつの。」


燐は私を放すと、泣き出してしまいそうな顔を見せてくれた。その笑顔には、今までの色々な思いが込められているような気がする。


「俺も、彗が好きだ。」


その言葉を聞いたとき、私が宝箱にしまおうとしていた気持ちがどんどんと大きくなっていって、しまいきれない大きさへと変わっていってしまった。もう、この気持ちを抑える事なんて出来ない。忘れる事なんて出来ない。
好きだという気持ちが返って来ただけで、こんなにも胸が張り裂けそうになる。こんなのは、今までに感じたことが無い。嬉しくて、嬉しくて。


「彗も、そんな顔するんだな。」

「・・・。」

「顔が真っ赤。」


恥ずかしい。


「お帰りなさい☆」


まだ身体が痛む事と、それから心配だからと燐が家まで送ってくれた。一度来ているのだから、もう家の場所を隠す必要も無い。ドアを開けると、またソファにメフィストさんが我が物顔で座っていた。机の上には所狭しと、大きなケーキや湯気の立つ紅茶、お赤飯のような物から紫色した何か料理のようなものまで乗っていた。乗り切らない物は宙に浮いている。
メフィストさんは、二つのティーカップを出すと、紅茶を入れて向かいに並べた。私たちに座るよう言っているようだ。私たちは顔を見合わせた後、大人しく向かいに座る。


「二人とも、私に言う事があるんじゃないですか?」

「はあ?」

「・・・。」

「お付き合いを始めたのでしょう。それを報告しなさいと言っているのです!!!」

「なっ、なななんで知ってんだよ!?」

「・・・。」

「私に隠し事なんて通用しないのですよ。彗に関してはね。」

「うわあ・・・。」

「奥村君、なんですか?その顔は。」


私はもうすっかり慣れてしまったのだけれど、燐からしたらやっぱり受け入れ難いことらしい。しかしこれはもう、スルーしていくしかないのだ。そういえば、初潮を迎えた時もこうやってお祝いのような事をしてくれたっけ。嬉しいような、そうでないような。


「さて、奥村君。よくも私の娘に手を出してくれましたね。」

「まっ、まだ出してねーよ!つかお前の娘じゃねぇだろ!」

「ああ、私の可愛い彗が、もう他の男のもとへ行ってしまうなんて・・・!信じ難い事です!絶望した!」

「おい!」

「将来は私のお嫁さんになる、と言わせた事もあるというのに!」

「言わせたのかよ!ていうか話を聞け!」

「黙りなさいこの泥棒猫!・・・こうなる事は予想はしてなかった訳ではないのですが、いざそうなってしまうと、悲しいものですね・・・。」

「メフィストさん・・・。」

「まあ、奥村君のお陰で、彗の赤面する様子を写メに残す事が出来ました。こんなに真っ赤になる彗を見るのはアレ以来・・・。」

「ア・・・アレ・・・!?」

「おや、気になりますか?奥村君。あれは十年ほど前になりますか・・・私が彗に、背中にチャックのついたワンピースをプレゼントした、」


私はつい、お赤飯のようなものをメフィストさんの顔面に向けて投げつけてしまった。それは見事にヒットしたが、次の瞬間には綺麗サッパリ魔法で拭われてしまった。そしてまた、新たに赤飯のようなものが用意される。


「彗。」

「はい。」

「引き返すなら、今のうちですよ?」

「引き返す理由がありません。」


メフィストさんは、私の返事が分かっていたかのように溜め息をつくと、燐の方を向く。私が頑固な事は、メフィストさん自身がよくよく分かっているようだ。


「奥村君。」

「おう。」

「彗を泣かせたら、その尻尾を引きちぎりますよ。」

「誰が泣かすかよ!」


燐が、私の片手を勢い良く、それでも優しく掴む。そして、『なっ!』と歯を見せて笑いながら私に同意を求めた。

私の大好きな笑顔が、今目の前にある幸せ。昔は、この笑顔を影で守られれば良いと思っていた。のに、今では彼も私の事を知っていて、そして、好きだと言ってくれている。
悪魔の落胤とそれに魅せられた私は、これから先多くの困難が立ちはだかる事になるだろう。それでも私は、燐を守りたい。これだけは、決して変わらない想い。燐には『やめてくれ』と言われてしまうだろうけれど。


「燐は、私が守るよ。」

「だから、やめろって、それ。」

「ふふ。」


ほら、ね。
20111119
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