冥王星の果て
目を開けると、そこには私の顔を覗き込んでいるメフィストさんがいた。
「悪趣味ですよ。」
「おや、失敬☆」
思ったよりも身体が痛み、起き上がるのも億劫だ。この天井は私の部屋だろう。外はもうすっかり日が昇ってしまっている。起き上がれないくらいに痛いのに、心の中は高揚感で満たされていた。
「メフィストさんの仕業ですか?」
「貴女がテイマーになれるよう、支援をしたまでです。」
「・・・ありがとうございます。」
「お礼を言われるとは思いませんでした。」
「失敗してたら、怒ってました。」
「貴女が怒るところなんて、想像が出来ませんね。」
「・・・私は、何を召還したんですか。」
「フラウロス・・・貴女の様な弱い者が呼べるような悪魔ではなかったのですが。」
「強いんですね。」
「それはもう。」
「・・・そう。」
また来ますよ、と言い残しメフィストさんは部屋を出て行った。目を閉じると、昨晩の事が目に浮かぶ。・・・あの青い炎は、本当に綺麗だった。
そのまま眠ってしまいそうになっていると、ドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。こんな風に家の中を歩く、というか走る人は居ないはずだ。それに、母さんはまだ眠っているはず。
その足音は私の部屋の前で止まる。そして暫くして、控えめなノック音が。はい、と返事をすると、これまたゆっくり扉が開く。顔だけ覗かせたのは、燐だった。
「は、入って良いのか?」
「返事したよ。」
「だ、だよな。」
さっきまでメフィストさんが座っていた椅子に、燐が座る。私も燐も話さない、静かな時間が流れる。そういえば、母さんとメフィストさん以外を部屋に入れるのは初めてだ。恥ずかしいな、掃除はしたっけ。ああ、それよりも、こんなオンボロな家に住んでいることがばれてしまった。
燐に目を向ければ、燐は目を合わせてくれない。燐も緊張しているのか、少し顔を赤くさせて、キョロキョロとしている。
「燐。」
「おっ、おう!?なんだ!?」
「何か、聞いた?私の事。」
「・・・まあな。」
「そっか。」
「彗は、」
「・・・。」
「俺のこと、知ってたんだな。」
「うん・・・知ってた。青い炎は、思ってたよりも綺麗だった。」
「・・・なあ、俺は別に、守られなくたって、強ぇんだぜ。」
「うん。でも、恩返ししたい。」
「気持ちだけで、充分だ。俺の炎で、彗が救えた。青い炎が綺麗だって言ってくれるだけで、俺は・・・。」
動きの鈍い腕を布団から出して、燐の手の上に手を置く。握ろうと思ったけれど、包帯でガチガチに巻かれてしまってあまり動かせなかった。
燐はそこで、やっと私を目を合わせてくれた。たったそれだけなのに、涙が出てきそうになる。今まで、どんなに辛くても、痛くても、泣く事は無かったのに。やっと私の愛想というものが戻ってきたらしい。
「燐。」
「おう。」
「・・・燐。」
「なんだよ。」
「好きよ。」
「・・・!?」
「燐を守りたい理由が、増えたの。燐が好き。傍に、居たい。」
そこまで言うと、燐が椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。真っ赤な顔をした燐は、何も言わないまま部屋を飛び出して行った。帰るぞ雪男!という大きな声が、開けっ放しにされたドアから聞こえた。奥村先生も来ていたのか。何だか申し訳ない。
はあ、と息を一つ吐く。つい言ってしまった気持ちは、もう取り返しがつかない。けれど、それで良いような気がした。燐がこの気持ちを受け入れてくれなくても、遠くから守れば良い。何も、傍で守る必要は無いのだ。
ふぅ、と息を吐いて目を瞑る。すると、開けっ放しにされていたドアから、奥村先生が姿を見せた。困ったように笑って、私に言う。
「天野さん、兄さんに何を言ったんですか?」
「・・・気持ちを。」
嘘偽りの無い、正直な。
20111013