はばたき


どのようなきっかけがあったのかは私は思い出せないが、ひょんな事から、私は影山飛雄に懐かれている。ひょんと言うか、突拍子もないというか。私は鮮明に思い出せないのだけれど、ある日のこと。自販機で丁度影山くんが欲しかったパックジュースが売り切れてしまった。ラスト一個を買ったのが私。それを譲ったのが私。まごう事なく私、であるらしい。ああ確かにそんな事もあったような気がすると振り返ってみるが、どんなジュースであったのかも、その相手が影山くんであったのかさえも思い出せないのが、私。申し訳ない限りである。
そんな、私からしたら、忘却してしまうくらい些細な出来事で、影山くんはちょくちょく私の周りに現れるようになった。男は胃袋から掴め、と聞いたことがあるが、これのことだろうか。ちょっと違うような気がする。というか、完全に違うか。そんな影山くんが、教室のドアから私を呼ぶ。


「苗字。」

「影山くん。」


呼び出されるのも、今まで何度かあった。最初こそ友達にからかわれたりしたものの、今では日常と化していて、いってらっしゃいなんて見送ってくれる。休み時間が終わるまでお喋りをして、時には教科書を貸して、そして教室に戻るだけなのだから、いつまでもはやし立てる事でもない。
接していくうちにやがて、最初は怖かった彼の悪い目つきも、愛嬌のあるつり目だなあとまで思えるようになったのだから、随分仲良くなったものだと思う。今では、きっかけが思い出せず、あなた誰ですか、なんて影山くんに言ってキレられたのも良い思い出だ。これはきっと、忘れない。


「今日、放課後に勉強教えてくれ。」

「私だってそんな頭良くないんだから、嫌だって。」

「二人で頑張れば良いだろ。」

「0と0が掛け合わさって0なんだよ・・・残念ながら。」

「・・・。」


むむ、と影山くんの唇がとんがる。そんな顔をされたって、私は人に教えられるほど頭はよくない。成績は中の中。得意なのは副教科。苦手な教科は理数系。
悪い成績を取ると部活に響くのだという影山くんは、たまにこうして突然、勉強を教えてくれとせがんでくる時がある。先輩や、マネージャーの子に教えてもらえば良いのに、わざわざこちらへやってくるのだ。


「でも俺より頭良いだろ。」

「あー・・・あぁ、まあ、そうかもしれないけど・・・。」

「なんでダメなんだ。いつも。」

「なんで、って。」


そういう仲でもないのに顔を突き合わせて、もしくは肩を寄せ合って勉強するなんて、なんとなく恥ずかしいじゃないの。自意識過剰になってしまうかもしれないが。別に友達同士でも良いじゃないか、と思われてしまうと思うけれど、今まで男子とそのような感じになった事の無い私としては、やっぱり少し抵抗がある。それに、影山くんは顔が整っていらっしゃる。居眠りの時に白目になっていたりするけれど、たまに本気で怖い時があるけれど。総合すると、勉強どころではなくなってしまうのだ。言えないけど。


「じゃあ皆でやろうよ。マネージャーさん呼ぼうよ。あと、ひなた?くん?他にも1年の子呼んでさ。」

「チッ。」


何故、舌打ちされたんだろう。にじみ出る、というかもう大放出されている不機嫌オーラが半端ない。


「嫌なの?」

「嫌だ。」

「・・・ふ、二人が良いの?」

「おう。」

「な、なんで。」


今度は私が訊く番だった。訊いたのは私なのに、私の方が目が泳いでしまって仕方がない。それに対して影山くんは、私の質問を聞いて暫くして首を傾げた。じっと見下ろしてくる影山くんが、何を考えているのかさっぱり分からなくて、私も同じように首を傾げてしまう。それからまた暫くして、影山くんが口を開いた。


「なんか、俺以外のヤツと一緒に居る苗字を見るのが嫌だ。」

「・・・うん?」

「あ?いや違うな・・・女子は良い。」

「あ、うん。・・・うん?」

「あ、そうだ。勉強嫌なら一緒に帰ろうぜ。帰り一人なの多いだろ、苗字。」

「友達、みんな私と違う方向だから・・・。」

「俺、一緒。」

「影山くん、部活が。」

「おう、だから部活のない日だけだな。それ以外は明るいうちにとっとと帰れ。」

「お・・・おう。」


あれ、どうして一緒に勉強する話が、今後影山くんの部活の無い日は一緒に帰る話になっているのだろう?影山くんは私の返事を聞いて、満足気に『じゃあ今日からな』と言うと、自分の教室へと戻っていった。それをぼうっと、手を振って見送る。今日早速部活がない日、らしい。
自分でも分かるくらい難しい顔をして振り向けば、漫画に出てくるような出歯亀のように教室のドアから顔半分を出してこっちを見ている友達が居た。久しぶりに見た、彼女たちの心底楽しそうな顔を見て、やっぱりこれは、はやし立てられるべき内容であるのだなあ、と感じたのだった。どんな顔をして放課後を過ごせば良いのかが、午後の授業よりも重要であるような気がする。


「苗字。」

「か、影山くん。」


そしてやって来た放課後。こんなにも緊張する放課後は初めてだ。振り返れば、友達が親指を立てて私を静かに見送ってくれている。やめろ、緊張が増す。
影山くんの隣を歩くなんて、せいぜい一緒に自販機へ向かうくらいなので、こうして共に下駄箱へ向かうのはなんだか新鮮だ。隣を歩くのは変わらないのに、どうしようもなく緊張してしまう。
もしかして、好きなのか。私は。影山くんが。いや、私がただ単に男子と二人きりという状況に慣れていないだけなのかもしれない。どうなんだ、どうなんだい私。どうせならあの野次馬根性丸出しだった友達に、色々と聞いて確かめておくべきだった。今何を言ったって後の祭りだけども。


「か、影山ぁ・・・!」

「あ?」

「?」


後ろから、影山くんを呼ぶ声が聞こえた。いや、呼ぶというよりも、絞り出したというか、つい出てきてしまったと言う方が正しいような感じ。二人一緒に振り向けば、そこには坊主の人が、影山くんを指差して立っていた。わなわなと震えるそれを隠そうともしない。
隣で影山くんは、田中さん、と言った。私がオウム返しをすれば、部活の先輩だと簡単に紹介をしてくれた。もしかして、緊急でミーティングや何かが行われるのかもしれない。そうならば、影山くんは参加するべきだ。そう思ったら、緊張はあっという間に萎んでいって、ほんのり寂しくなってしまった。緊張し損じゃないの。


「か、かか、か、」

「か?」

「彼女か!?」

「!?」

「!?」

「う、うそだ、そんな・・・影山に先を越されっ、チクショオオ!」


明日の朝練覚えてろよ、と叫びながら田中さんという人が去っていく。そんな様子を、私たちだけでなく、同じように下校途中であった生徒たちも見ていた。その視線は田中さんから段々と、固まっている私たちに集中し、それから何事もなかったかのように下校を再開させる。私はその様子ばかりを見ていて、隣を見ることが出来ない。影山くんはどんな顔をしているのか。私ばかり顔が真っ赤で、動揺を隠しきれていないのならば恥ずかしいことこの上ない。

どうしよう、どうしようと思っているだけで、私も影山くんも何も言わない。いつまでもここに棒立ちしていたら、それこそまた注目の的になってしまう。そろり、とようやく影山くんの様子を伺う。と、予想外な事に影山くんはバッチリガッチリ私を見ていた。見つめていた。そして、影山くんは言う。


「そうか。」

ファノレプシスのはばたき
20140514
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