ちゃん
さてどうした事でしょう。束の間の休日、ヘッドホンを相棒に街をフラフラしていたら逆ナンの現場を発見してしまった。まあ、それだけならば肉食系女子ってすげえって思うだけなのだけれど、その相手が問題だった。あの猫背や、染め直せばいいのにと私は常々思っている黒の侵食したド金髪、ビビってますと思いっきり書かれたその顔は、私の所属するバレー部のセッターに似ていた。
「ていうか本人でしょ・・・。」
誰にも聞こえないくらいの独り言。その衝撃的なシーンは、私の大好きな音楽を雑音にまでさせてしまう程だ。いつも主将の黒尾さんと一緒にいるイメージなのだけれど、周りに居る様子は無い。これで敢えて彼を、孤爪研磨君を一人にさせて観察をしているなら、私は黒尾さんを軽蔑せざるを得ない。
ということは、ここで私がスルーしたとしたら、それはもう人としてどうかしているというもんだ。面倒だとは思わないけれど、怖いなあと少し思う。だって、彼女らの見た目、ギャルなんだもの。それに、孤爪君ともあんまり親しくはないし。彼も私も、自分から話しかけるようなフレンドリーさは持ち合わせていなかった。
どれもこれも言い訳だという事は分かっている。ぐぐ、と重たい足を持ち上げようとしたところで、ふと一度も連絡した事のない孤爪君の電話番号の存在に気がついた。何か緊急な連絡があった時に、と一応全員分の連絡先を入れてあるこの携帯電話。全員分、全員に話しかけることがこんなにも苦痛であると知ったとき、このデータを吹っ飛ばさないように誓ったものだ。
少し探すのに苦労したが、何とか『孤爪研磨』の文字を見つけ、すぐさま通話ボタンを押す。お願いだから出て欲しい、と彼の様子を少し遠くで見ながら、コール音を聞く。
どうやら携帯電話が鳴っている事に気がついたらしい孤爪君は、かなり挙動不審になりながらポケットから携帯電話を取り出す。そこに出てきているであろう私の名前をしばし眺めてから、恐る恐る画面を押して携帯電話を耳に当てた。
『も、もしもし・・・?』
「あ、こ、孤爪君・・・?よ、良かった、出てくれて。」
そういえば、かけた後の事を何も考えていなかった。あーとえーとを繰り返し、私は言う。
「孤爪君、その、今困ってる、よね・・・?」
『え、な、なんで?』
「逆ナンされてるよ、ね・・・?」
私がその一言を告げると、孤爪君はものすごい勢いで辺りを見回し始めた。どうやらそうとう困っているらしい。
「ええと右・・・行き過ぎ行き過ぎ、もうちょっと左。そう、その辺、こっちだよ。」
『わ、分かんない・・・何処・・・?』
「手、挙げるね。」
なかなかの人ごみの中で、手を高らかに挙げるのは恥ずかしいけれど、物凄く不安気な声を聞いてしまったら、どうにかあの場から逃がしてあげたくなるというもの。学校でも挙げたことないくらい腕をピンと伸ばして、ついでに軽く降ってみる。早く気がついて欲しいやっぱり恥ずかしい。
『あ、居た。』
ようやく私は孤爪君と視線を交える事が出来た。孤爪君はペコリと逆ナンの彼女らに会釈をすると、小走りにこっちにやってくる。
「あ、あの。」
「とりあえず、歩こ。」
彼女らの視線が刺さっている気がする。とにかく人ごみに紛れてしまいたくて、私は足早に現場から背を向ける。ワンテンポ遅れて、孤爪君が隣に並んだ。
「ありがとう・・・助かった。」
「どういたしまして。今日は、黒尾さんは?」
「・・・いつも一緒に居る訳じゃない。」
ちょっとむくれて、孤爪君は言う。そう言われても、いっつも一緒に居るところしか見ていないのだから、そう思われても仕方がないと思う。
「名前は?一人?」
「うん、一人。」
・・・おや?今、名前で呼ばれたか?可笑しいな、こうしてまともに会話をするのが、これが初めてくらいだというのに・・・私の聞き間違いか?
怪訝な顔を隠さずに、隣の孤爪君の顔を見れば、彼は至って普通の顔をしていた。照れるでもなく、まるで『これが普通ですけど?』とでもいうような雰囲気。人のことは名前で呼びたい人なのだろうか・・・と思ったけれど、黒尾さんはクロって呼んでるしなあ。そう気にする事でもないのか。
「あー、じゃあ、また明日学校で。」
「ま、待って。」
「え?」
「もう行っちゃうの・・・?」
「だって、孤爪君をあの場から救出するのが私の仕事だったし・・・。」
仕事なんて、大層なことでもないけれど。
「俺、行きたいとこある。」
「あ、うん。行ってらっしゃい。」
「・・・また捕まったら、どうするの。」
孤爪君はまたむくれた顔をして、ついでに私の袖をつまむ。お、オオウ・・・なんだかキュンとしてしまった。バレー部の中では低身長とは言え、私よりも大きな男の子がこんな・・・何故だろう、キュンキュンが止まらない。
「わ、分かった、分かったから・・・付いてくよ、うん。」
「ほんと?」
「うん。私で良ければ。」
「クロよりずっと良い。」
孤爪君は黒尾さんには容赦ないらしい。幼馴染だからこそなのだろうけれど、ちょっと可哀想になる。なんて、黒尾さんに哀れみを持っていたら、私の袖をつまんでいた孤爪君の手が、私の指先を握った。
「こっち。」
「!?」
「欲しいゲームがあって・・・名前は、ゲーム好き?」
「え!?や、その、ポケモンぐらいしか。」
「ポケモン・・・俺もやるよ。今度、対戦とか、やろ?」
「でも、私多分、強くないよ。種族値?努力値?とかよく分かんないし・・・。」
「そうなの?」
「だから、その、色違い集めるのが好きで・・・。」
「色違いかぁ・・・。」
「・・・色違いのニャオニクスって、孤爪君に似てるよね。」
「そうかな。」
心臓をバクバクさせながら会話を成立させている私を、誰か褒めて欲しい。夜久さんや海さん辺りに褒めて欲しい。あと名前呼びは気のせいなんかじゃなかった。
孤爪君を助けたことによって、随分心を開いてくれている気がする。いやそれにしても、いきなり手を繋ぐような仲になるなんて、早々ないと思うし、色々すっとばしているような・・・。そう思ってしまうのは、私の思考が硬いからだろうか。
ゲームの話をしていると、どうやら孤爪君のお目当ての店に着いたらしい。予想通りそこはゲーム屋さんで、私は久しぶりに、所狭しとゲームが置かれているお店の中へ入る。その前に。
「け、研磨君。」
「・・・え?」
「あーと、その、研磨君が買うゲーム・・・私もしてみようかな、なんて。」
「・・・うん、一緒にやろ。」
ここに来て初めて研磨君の笑顔を見た。見てしまった。これはイカン、イカンですな。
ちゃんちゃかちゃん
「あああ、誤射した!ごめんね研磨君・・・!ああ!死んだ!」
「落ち着いて名前、今リンクエイドするから。」
「・・・お前らって付き合ってんの?」
「クロうるさい。」
「いえ、付き合ってないですよ。」
「いや嘘だろ。主将に言ってみ?な?」
「いやいやホントにそんな仲ではなく・・・。」
「名前、復活したよ。あとクロ、名前に近いからもっと離れて。」
「俺の扱いヒデーな。」
20140917