夏はまだ終わらない
「好きです」
一学期が、あってないような終業式と共に終わり、夏休みが開幕した。とは言っても、高校生の夏休みというのは忙しく、日々課題やバイトに追われるのは、スケジュール帳を見れば一目瞭然。ずるい私は、早めに渡されたいくつかの課題を終わらせてはいるけれど、きっと友達と遊んだりサボったりして、夏休みの終わりに苦しむ予定だ。
さて、そんな楽しみでもあり恐ろしくもある夏休みが始まって数時間。幾らかテンションの高い生徒たちに混じって私も帰宅しようとしたところで、ある男子につかまった。話がある、と言った彼について行くと、たどり着いたのは人気のない校舎裏。
彼の名前は真田一馬くん。同じクラス。よく分からないけれど、サッカーが上手で凄いチームに所属しているらしい。女子からちょっと人気があるけれど、愛想が無いのであんまり近づいている子は居ない。みんな、遠巻きから見ている感じ。確かに顔はいいので、見ているだけでも十分なのだろう。私も例外ではなく、そんなに話したことはない。のに。
「えっ、なんで・・・?」
素直に出てきてしまった言葉は、真田くんの表情を変えさせる。暑さのせいだけじゃないらしい赤い顔も、一瞬で落ち着かせてしまうくらいだ。二人して難しい顔をして、向かい合わせている。
「な、なんでって・・・?」
「いや、だって、そんなに話したこともないし・・・?」
「まあ、それは・・・」
「え、私、何かしたっけ・・・?」
「何かしたっていうか、その・・・」
「うん・・・」
暫く、ジーワジーワと鳴く蝉のBGMを楽しむ。真田くんはそこで初めて私から目をそらして、気まずそうに首を掻く。それもそうだ。告白した相手に訝しげな顔をされて、何故?と問われてしまうなんて、少女漫画もビックリな展開だ。私ももう少し気の利いた台詞を吐けなかったものだろうか・・・驚いていたとはいえ、本当に疑問だったとはいえ。
「・・・っ、あの、だから・・・」
「う、うん・・・ねえ、ぶっ倒れそうな顔色してるけど大丈夫?」
「だっ大丈夫!」
再び赤くなった顔を腕で隠してしまう真田くんに、ちょっと可愛いなとか思ってしまう。
その一方で考えてしまう。
今まで、クラスに居るイケメン眼福、としか思っていなかった相手から告白されたのだ。嬉しくないわけがない。しかし、それが恋愛感情なのかと問われると、決して胸を張ってイエスとは言えない。私よりも恋愛感情を持ち合わせている子は沢山居る。それを差し置いて、彼の告白を受けても良いのか?いやでもイケメンから好意を寄せられて断るだなんて烏滸がましい事していいのか?そもそもこの私の気持ちは恋愛感情と言って大丈夫なのか?
何も言わない真田くんを横目に、私は思考に溺れる。夏の太陽が私を責めているような気さえする。一体、どうしたらいいんだ。
ぐるぐると考えているうちに、真田くんが何かを言う準備をしたようだ。深呼吸をしてから、私はまた見つめられる。夏の深い青色の空を背景に、ぽっかりと浮かんだ雲のように白いシャツを着た真田くん。真剣な眼差しと、その絵に描いたような光景に、私の思考はようやく止まる。
「苗字の、笑った顔が好き、です」
あ、好きだわ。
そんな衝動と共に言えてしまったら良かったのだけれど、やっぱり何処かで踏みとどまってしまった私は、その返事をなんと保留にしてしまった。まだ私のこの気持ちが恋愛感情なのか分からない・・・そんな、私の意気地のなさを存分に思い知らせるような、はっきりしない返事。もう、好きなくせに。
こうして夏休みとともに始まった、微妙な距離の交際のようなものは、思っていたよりも順調であった。真田くんがバイト終わりの私を迎えに来てくれたり、私が真田くんのサッカーを見に行ってみたり。夏祭りや、水族館へ行くなんて普通のデートを楽しんでみたり。
あの返事をしたからか、キスなんて以ての外で、手を繋ぐ事さえもしなかったけれど。それをしたいと思うのだから、私のこれはきっと恋愛感情で間違いない。真田くんを思うと胸がきゅうと痛むし、やっぱり好きだなって思うし、釣り合うように可愛くなりたいと思えるようになった。次は私の番だ。
「真田くん」
「ん?」
今日は図書館デート・・・という名の課題潰し。8月ももう20日で、夏休みの終わりは目前だ。予定通り課題は終わっていないし、やっぱり焦るレベルで残っている。それはサッカーに忙しかった真田くんも同じだったようで、折角ならばと一緒に終わらせることにした。
そして私は知っている。今日が真田くんの誕生日であることを。真田くんの幼馴染である、郭くんと若菜くんに教えてもらったのだ。そう言えば誕生日いつだろ〜またいつか聞けばいっか〜、なんて悠長に構えている場合ではなかった。まさか夏休み中だったなんて。二人には感謝している。
「お誕生日、おめでとう」
「・・・えっ、なんで知って・・・」
「郭くんと若菜くんが教えてくれた」
「アイツ等・・・」
「教えてくれなかったらスルーしちゃうところだったよ。はいこれ、つまらないものですが」
「っサンキュ」
開けていいよ、と促すと、真田くんはこそこそとラッピングを解く。なんてことないスポーツタオルだ。彼の好みがまだよく分からないので、私の好みになってしまったけれど、喜んでくれるだろうか。ああそれと、もう一つ、喜んでくれるかどうか分からないけれど、伝えたいことがある。
「さな・・・いや、一馬くん」
「・・・え」
「好きだよ」
ポカン、としている顔がどんどん赤くなっていく。すぐに赤面する彼だけど、こんなに真っ赤になるのは初めて見た。一馬くんが好きだと言ってくれた、私の精一杯の笑顔で言って見たのだけれど、上手に笑えていただろうか。多少、緊張で引き攣ってしまっていたかもしれない。
一馬くんはといえば、ラッピングから出したばかりのタオルに顔を押し付けて、机に突っ伏してしまった。そして、蚊が鳴くような声で言う。
「マジで・・・?」
「マジだよ」
「ホントに・・・?」
「ホントに」
暫く突っ伏したまま動かない一馬くん。大丈夫かと少し心配になったところで、勢いよく起き上がった。
「課題やってる場合じゃない」
「え?」
「あの、俺・・・」
「うん」
「俺も、好き・・・」
「・・・知ってる」
その言葉に、私の心臓は今までにないくらい締め付けられてしまう。何だかよくわからないけれど、私まで顔が熱くなってきて、確かに課題どころではないなと心の中で同意した。
一馬くんが私に告白してくれた日にさえ無かった甘酸っぱい雰囲気は、夏休みの課題を終わらせてはくれないみたいだ。
20160820*happy birthday!