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月も出ていない真っ暗な闇の中、聞こえるのは自分の荒い息遣いと何らかの獣の遠吠え。
木の根もとに座り込み、浅く短く酸素を取り入れながら、呼吸を落ち着かせる。
気配を探ってみるが追手が近くにいる気配はない。

何とか撒くことができた、と少し気を抜いた途端に左肩と右太腿に激痛が走り歯を食いしばる。
与えられた傷は深い切り傷とひどい打撲。
特に右足に負った打撲は、逃げる際にひどく体力を消耗させた。


今日の実習内容は、五年全体である城の落城を防ぐことだった。
と言っても、その城の戦力は相手城よりも大きく、戦況は明らかにこちらに大きく有利な状況での応援だったために、
どちらかというと今までの実習内容よりは幾分簡単な部類のものだといえる。
では、なぜ自分はこんな怪我を負っているのか。

事前の情報によると、相手城には大きな力を持った忍は少数であると伝えられていた。
今回、この実習では五年を前方部隊と後方部隊の二組に分け、前方部隊の指揮を鉢屋が、後方部隊の指揮を久々知がとっていた。
そして鉢屋と久々知は事前に伝えられていた情報をもとに実習前に軽い打ち合わせを行い、その際に少数という言葉を読み違えたのだ。
いや、油断していたと言ったほうが正しいかもしれない。

その結果がこれだ。
少数、という言葉には無という意味は含まれない。
指揮をとっていた久々知はその少数の精鋭たちに囲まれた。
もしかすると鉢屋も囲まれていたのだろうか。
相手城の負け戦であるとはっきり分かっていた頃合いでの登場だったことを考えると、腹いせやプライドに近いものがあったのだろう。
忍がそんな感情を持ち合わせている時点で実力は知れる。
しかし、相手はプロ。
その上自分よりもはるかに戦い慣れしている実力者でもある。
一人対多数では明らかにこちら側が不利だ。


頭上から、バサリという鳥の羽ばたく音が聞こえたのを合図に、過去に飛んでいた思考を今の状態、現状へとシフトさせた。
まずはどうにか止血しなければ、と思うもののやけに体が重く頭はぼうっとしている。
傷口が熱を持っていたのは分かっていたが、追手から逃れるために動き回ったのが原因だろう。
とうとう体全体の熱が上がってきたんだな、と久々知は一人納得した。


「兵助!!」
どれくらい時間が経ったのかも分からず意識が途切れそうだと思った瞬間、とても耳になじんだ声が自分を呼んだ。
幻聴ではないそれは、久々知の意識を浮上させるには十分で。
閉じていた目を開いて、ゆっくりと顔を上げて前を見ると、必死な形相で駆けてくる竹谷が目に飛び込んでくる。
今日初めて感じる安心感に、そっと深く息を吐き出した。

「やっと見つけた」
そう言って、久々知の目の前まで足を運んでしゃがみこんだ竹谷は久々知の怪我を見るや否やなんで止血してないんだ、ときつい口調で尋ねてきた。
「しようと思ったんだ。だけどなんか…」
途中で口ごもった久々知を見かねたのか、素早い処置で止血を始めた。


「相変わらずやり方が粗いな」
「お前、やってもらっといてその言い方はないだろう」
竹谷の広い背に背負われて、仮設の救護施設へと向かう。
止血用にと施してもらった処置は、その役目は果たしているものの雑で、なんともいえない不格好なものに仕上がっていた。

「なぁ、なんで俺のいる場所が分かったんだ?」
ふと疑問に思ったことを尋ねる。
森の奥深く、追手にも気付かれないような場所で自分は息をひそめていたはずだ。
それなのに竹谷はなぜここが分かったのだろうか。
「んー、そりゃお前、愛の力ってやつだろ」
そんな答えになっていないような答えでごまかせると思っているのか、と怒鳴ってやりたいが今の久々知にそんな気力はない。
どうにか反抗してやろうと、目の前に見えるぼさぼさの髪を強く後ろに引っ張った。

「ちょ、痛い痛い!分かった答えるから!てか前見えないからやめて」
「最初から真面目に答えろよ」

竹谷の説明によると、生物委員会で飼っている鷹に久々知の居場所を探させたという。
一体どんな調教がされているのか、生物委員会で飼育している動物や虫たちはこのような戦の場において重要な役割をこなすことができる。
今回、自分はこの恩恵に預かったのかと熱に犯された頭で考えていたが、途中で久々知の意識はまた徐々に遠のいていく。

傷口に響かないようにとできるだけ振動を伝えないように歩く竹谷の背に自身をすべて預け、一言ぼそりと礼を伝えると、久々知はそっと意識を手放した。
温かい背中と聞こえる鼓動が、優しい子守唄のように眠りへと誘った。



後日、学園の保健室で寝かされていた久々知が鉢屋から聞いた話では、鉢屋が指揮していた前方部隊はその頃撤退を始めており、鉢屋一人が狙われることはなかったそうだ。
久々知を狙っていた何人かの忍は、その後行方がしれないという。
先生たちの間では、盗賊か何かになり下がるのではないかという懸念がなされているらしく、近々六年生が総出で捜索するのだと言っていた。

実習のその後のことを粗方話し終え、部屋を出ていく直前に鉢屋はお前に良い情報がある、と嫌な笑みを見せながら言った。
「なんだよ」
「聞きたいか?」
「気になるだろ」
「じゃあ言ってやるよ。八左ヱ門な、お前がまだ戻ってないことを知ると誰の意見も聞かず、何の情報もないのに真っ先に合流場所から飛び出していったぞ」
「……ばかじゃないのか」

そういう奴だろ、と言い残して鉢屋はひらひらと手を振りながら保健室から出て行った。
後に残った久々知は、顔に宿った熱を冷まそうと枕元に置かれていた白湯を一気に飲み干してみたが、中々熱が引いてくれることはなかった。


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誰が何と言おうとこれは竹くくだと言い切る…言い切りたい…
竹谷が全然出てこなかったのはなぜだろう。
そしてほとんど竹くく要素が出てこなかったのはなぜだろう。
…私竹くく大好きだよ!!ww


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