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*大学生設定

家路を急いでいた。
家路、と言ってもそれは俺の住むアパートではなく、彼の住む部屋だ。
学校は春休みで授業はないし、バイトも一ヶ月前から休み希望でシフトを出していた。
だから学校もバイトも休みで、彼の誕生日くらいは彼のそばにいようと思っていたのだ。
それなのに。

バイト先であるクラブハウスから昨日の夜に電話がかかってきた瞬間、嫌な予感がした。
案の定、今日一日の俺と謙也さんの予定は泡となって消えた。
謙也さんは「ええよええよ、行ってき」と快く送り出してくれたけれど、心からの本心でないことくらい分かる。
自惚れ、なんかではない。
彼はそういう人だと、もう何年も前から知っている。

俺が嫌々出勤したのが表情から見て取れたのだろう。
オーナーは日付が変わる前には帰っていいと言ってくれた。
ついでに、一本のシャンパンを添えて。

俺の左手に握られているビニール袋から、店でもなかなか値の張るシャンパンのコルクが覗く。
こんなんで騙されてたまるか、と思いながらも、謙也さんの家にシャンパングラスやワイングラスなんてあっただろうかなんて考える。
まぁ最悪マグカップでもなんでもいい。
何に入れて飲んだって味は一緒だ。
案外に、雰囲気を大事にする謙也さんなんかは否定するかもしれないけれど。



チャイムを鳴らしても、部屋からは何も応答がない。
右腕につけた時計を見ても、眠るには早いだろう。
風呂にでも入っているのだろうと決めつけて、鍵穴に鍵を差し込んだ。


「なんで寝とんねん」

電気のついたリビングで、わざとらしく大きなため息が漏れる。
もちろんソファの上で横になって眠っている謙也さんに向けて、だ。
近くに置きっぱなしにされてある彼の携帯電話はチカチカと光ってその存在を主張している。
ということは、バイトが終わって今から帰る、と送った俺のメールは彼にはまだ届いていないらしい。

頬をつついてみても、擽ったそうに体を揺らすだけ。
軽く鼻をつまんでみたら、いやいやとでも言うように首を振った。

「起きんのかい」

そうつい声に出した瞬間、ふるりと彼の睫が震えた。
謙也さん?と問いかけてみると今度は返される声。

「ひかる…」

俺の名前を呼んで、そして目が合った。
ふっと笑ってまた閉じられる瞼。

「おいこら、寝るな」
「…むり、ねむい」
「全部ひらがなになってるやん」
「うん…」

おやすみ、とかすかに聞こえる程度で紡がれた言葉とともに、彼はまた夢の中へと入り込む。
仕方ない、と腰を上げ、クローゼットの奥から毛布を取り出した。
ふかふかとしたそれを、ソファの上でうずくまるようにして眠る謙也さんにそっとかける。
寒かったのだろうか。
ぎゅうとその毛布を握りしめた手に触れると、いつもの子供体温は少しだけひやりとしていた。
ちらりと見えた壁時計。短針はまだ12には届いていない。

「…おめでとうございます」

そっと頬を撫でて、呟く。
もらったシャンパンはまた明日。
どうせならケーキでも買ってこようか。
以前、ワンホールを切らずにつついて食べたいと目を輝かせて言っていた謙也さんを思い出して思わず笑みがこぼれた。
なんだかんだで、結局俺は彼に甘い。


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11.03.23

遅くなったけど、謙也くんお誕生日おめでとう!



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