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*「key」の続き


素直じゃないね。ていうか馬鹿だよね。
目の前の男は、俺を目の前にしてそう言い放った。

「俺のこと馬鹿なんていうの、新羅くらいだよね。ていうかむかつく」
「嘘。静雄も門田くんも君のこと馬鹿って言うだろう」
「あー…」

昔を思い出して目を泳がすと、ほらみろとばかりに新羅が笑った。
俺が新羅の家を訪れたのは仕事の依頼だった。
新羅にではなく、運び屋に。
あいにく彼女は留守にしていて、俺は彼女の帰りをこの家の主とともに待っている。
愛用の眼鏡を少し曇らせながらコーヒーを飲んでいる馬鹿みたいな姿の新羅に馬鹿だなんて言われる理由はただひとつ。

「で、その鍵は?捨ててないんでしょ」
「………」
「無言は肯定」

以前静雄から投げ返された鍵を、未練がましく俺が持ち歩いているから。
受け取ってくれないことはわかっている。
というより、すでに実証済みだ。
会いたければ会いにこいと、彼はそう言ったけれど、それでは静雄は俺に会いたくはないというのか。
いや、会いたいと思われていてもそれはそれで気持ち悪いのだけれど。
それでもいつもいつも俺ばかり。負けているみたいで性に合わない。むかつく。

「静雄から会いに来てほしいくせに」
「うるさいよ、新羅」

肩をすくめて苦笑する新羅から目を逸らす。
手に取ったコーヒーの味は、少し薄かった。

しばらくすると、もう一人の家主は相変わらずな真っ黒の衣服でその身を包んで現れた。
さっさと仕事内容を伝えて帰ろう。
そう思ってセルティに目を向けた。
その瞬間、今日この時間にこの家に来たことを後悔した。

「なんでいんだよ」
「それはこっちの台詞なんだけど。しずちゃん暇人?」
「てめぇに言われたくねぇ」

セルティの後ろから現れた静雄は、俺を見つけて嫌そうに顔をゆがめる。
サングラス越しの目が険しくなったのを俺は見逃さない。
つきんと鳴った心は見ないふり。

「まぁまぁ座りなよ。静雄もコーヒーでいい?」

新羅のその声に、はっとする。
まさかこいつ。
ばっと後ろを振り返ると、新羅は人の悪そうな顔で笑った。
セルティに連絡したのだろう。俺が今ここにいると。静雄を連れてこいと。

「いい。やっぱ帰るわ。悪いな」
「今来たとこなのに。あ、じゃあ臨也連れて帰ってよ。僕は今からセルティと二人きりの時間を満喫するから」
「はぁ?ちょっと新羅!」

思わず上ずった声が出た。
何を言い出すんだこの男は。
近くに寄ったセルティの腰を抱いて、新羅が楽しそうに笑う。
新羅、俺、静雄、もう一度新羅と順に見まわして、セルティは仕方ないなというように腕を組んだ。
その様子だと、新羅の意見に賛成したらしい。
基本的にセルティは新羅の意見を尊重する。
どうやら、俺に拒否権はないようだった。

そういえば声を荒げて拒否すると思った静雄も、なぜか静かだ。
それどころか「行くぞ」と小さく俺を急かして歩き出した。

「ちょ、待ってよしずちゃん!」

ひらひらと手を振る新羅を睨みつける。
仕事の話をしに来たはずなのに、これではただの無駄足だ。
セルティの代わり、新羅が「仕事内容はあとで聞く」と言った。
腰に回した手に力を込めるあたり、見せつけているとしか思えない。
テーブルに手をついて立ちあがると、飲み干すことのなかったコーヒーが、マグカップの中で波を立てた。


帰り道。少し暗くなり始めた空に対して、この街は煌々と明かりを灯して輝く。
新羅の部屋から無理やりのように追い出された俺たちの間に会話なんてあるはずもない。けれど並んで歩くその影は近い。
少し手をのばせば、きっとすぐに彼に届く。
それでも手を伸ばせないでいるのは、どうしてなのだろう。
彼との距離間なんて、もう何年も前からはかりかねている。
近づきすぎても、遠ざかりすぎても怖いだなんて。

「おい」

気づくと下を向いて歩いていた。
頭上から呼ばれて気付く。

「なに」

半歩ほど先を歩く静雄がこちらを振り向いた。
そして俺に向けて手を差し出す。
意味が理解できずにその手をぼうっと見つめていたらチッと舌打ち。
その瞬間に差し出された手はひっこめられ、スラックスのポケットへと戻された。

あぁ、もしかして。

「しずちゃん、素直じゃないよね」

つい先ほど、言われた言葉をそのまま返す。
絶対にどう考えても俺よりもしずちゃんの方が馬鹿だよな、と心の中で新羅に反抗。
どっちもどっちだと言われそうだ。というより、言われたことがある気がする。

「うるせぇ」
「鍵、使うの?」

さあな、とぶっきらぼうに言ったその横顔はどこか幼い。
誤魔化すように煙草を取り出して火を付ける仕草まで、少しの照れを含んでいるように感じてくすぐったい。
気付かれないようにこっそりと笑って、俺は静雄のポケットにそっと鍵を滑り込ませた。
少しだけ重くなったポケットに、彼はきっと気付いているだろう。
俺のすぐ隣に立っている電灯が、チカチカと音を立てて光り出した。
それを合図に歩き出す。

もしかすると少しだけ、距離が近づいたのかもしれない。


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11.01.28




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