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ふっと浮上する意識に、あぁ寝ていたのだと気付く。
クリスマスイブ。
今日のシフトは夕方までで、午後5時にはすでに家に帰っていたはずだ。
時計を見てはいないから、詳しい時間なんて分からないけれど。
今は何時だろうか。
電気は付けっぱなしだったから部屋の中は煌々と明るいけれど、窓の外を見ればもう真っ暗だ。

ぼうっとする頭を働かす。
帰って、買ってきたものは確かキッチンテーブルに置いたまま。
ビールはぬるくなっているだろう。
はぁ、とひとつ息をつくと体が重くなったような気がして寝がえりを打った。

本当は一人じゃなくて二人で過ごすはずだったクリスマス。
だから今日、イブのシフトは夕方までだったし、明日は休みだ。
こんなことならがっつり仕事でも入れていた方がマシだった。
そんなことを思っても過去を変えることができないことは嫌というほど知っている。

竹谷と喧嘩別れをしてもうすぐ一カ月。
電話もメールも何一つ連絡をとっていないのだから、仲直りの仕様もない。
喧嘩の理由なんてもう忘れたけれど、これだけ連絡をとっていなければ今更何も行動には移せない。
返事を待つにしても、いつまで待てばいいのか分からないし、何より返事が返ってこない時間が怖い。
こんなに喧嘩が長引いたことはなかった。
いつも竹谷がある一定で折れることが多かったんだよなぁと気付いたのはいつだったか。
元々性格が合うとは言い難い。そのせいで細々とした喧嘩は多かった。
それでも別れることなく、すぐに仲直りができたのは竹谷の大らかな性格のおかげだ。
素直になれない俺はいつも喧嘩の原因を作るばかりだった気がする。

ぎゅう、と枕に顔を沈める。
しばらく脱力した体を体温で温まったシーツに預け、そしてゆっくりと体を起した。
近くにあるだろう携帯を探す。
探し物はすぐに見つかった。
ベッド横のサイドテーブルの上、ちかちかと緑色のランプを点滅させて存在を主張しているそれを手に取る。
折り畳み式の携帯を開いた待ち受け画面。
新着メール一件。
どきり、と一度大きくなった心臓に何を期待しているんだと脳で呆れた。

カチカチと手慣れた動作でメールを確認する。
ほらやっぱり。
俺が待っていた人からなんかじゃない。
レポート提出について、なんてタイトルの付いたメールはゼミの教授から送られてきたものだ。
本文を読むことなく、携帯を閉じた。
パチリという音が妙に耳に残る。
携帯のサブ画面に表示された時間は、もう日付の変わる直前だった。
そんなに寝ていたのか、とやっと自覚して頭を掻いた。

俺はいつまで自分の本音に布を被せて、心に嘘をついて誤魔化し続ければいいのだろう。
本当は、逢いたいくせに。
ぶるりと体を震えたのは寒さのせいだと結論付けて立ちあがった。
シャワーを浴びて今日は寝てしまおう、明日の休みには借りてきた映画でも見て時間をつぶせばいい。

風呂場に向かおうとした瞬間、静かな部屋に鳴り響いたチャイム。
こんな時間に、と不審に思いながら玄関へ向かう。
あ、そう言えば玄関のカギ閉めたっけ、と思いながら。


「…なんで?」

ドアを開けた俺の第一声はそれだった。
なんで、竹谷がここにいる?

「兵助、メリークリスマス」

ぽかんと、竹谷を見上げる俺の顔はさぞかしまぬけだっただろう。
竹谷の後ろで、がちゃりとドアが閉まった音がした。

苦笑を浮かべる竹谷の精悍な顔は、もうずいぶんと見ていなかった。
すごく、懐かしい。
じわじわと、左胸からあたたかいものが体中に広がって行くのが分かる。
こんなにも竹谷を求めていたのだと、全身が伝えている。

「なんで?」
「約束してただろ。クリスマスは一緒に過ごそうって」
「でも、」
「でも?」
「喧嘩…」
「あー…、それはなかったことに?」

笑いながら、ぽんぽんと俺の頭を撫でる手は冷たい。
目の前、広い胸に飛び込んだ。
うぉっという声が頭上で聞こえてきたけれど、気にせずにぎゅうとしがみつく。
竹谷の着ている黒いダウンジャケットも外の空気を纏って冷たかったけれど、気にしてなんていられない。
久しぶりの、竹谷だ。

「ごめん、ってずっと言いたかった」
「俺は兵助が好きだってずっと言いたかったけど?」
「ばっかじゃねぇの」
「馬鹿で結構」

二人で笑いあい、抱き締めあう。
寒いはずの玄関で、それでも体中が、あたたかい。
竹谷がいるだけで、こんなにも満たされる。

「兵助。メリークリスマス?」
「ハッピーメリークリスマス、だろ」

竹谷の腕の中、目を閉じたら唇にそっと熱が灯った。


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10.12.24




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