402

*現パロ

はっ、はっと規則正しく息を吐き出しながら走る。
11月も半ばを過ぎた今では、吐き出した息は白く、目の前で一定の速度で消えては生まれる。

僕が毎朝ランニングをするのは、健康に気を使ってだとか、ダイエットがしたくて、という理由ではない。
一度なんとはなしにやってみようと考えてから、習慣になっただけだ。
習慣になってしまえば、なんとなくやらなきゃいけない、という気分になって今では早朝ランニングが毎日の日課になっている。

いつもどおりのコースをいつもと同じ速度でいつもとなにも変わらない景色を見ながら走る。
それはとくにおもしろくはないけれど、別に退屈でもない。
ふと、普段と同じはずの景色の中に違和感を覚える。
なにかが、増えている…?

きょろきょろと視線を左右にふると、簡単に違和感の正体がわかった。
そしてすぐに気付いたことを後悔する。

思わず立ち止まり、くるりと体を反転させると、不思議そうにこちらを見ながらおじさんが僕を追い抜いていった。
あぁ、ついさっき僕が追い抜いたところだったのに。
ただのランニングに勝ち負けはないけれど、一回りも二回りも年上のおじさんに負けた、そんな気がして更に気分は落ちた。

振り向いた先にいるあの男、どうしてやろうか。

少し考える。
もしかしたら、思い違いかもしれない。
ここは僕がいつもランニングで使うコース、しかも広い公園の中、そして更に言うならばこんな早朝。
そんなところに、まさか鬼男くんがいるはずがない。
確か彼の住むアパートの最寄り駅はここではなかったはずだし、彼が夜に遊ぶようなクラブなどもこのあたりにはない。
そうだ、きっと僕の勘違いだ。
ちょっと色黒で髪の短い金髪だからって、そんなの鬼男くんだけじゃないはず。
そう自分自身に言い聞かせて、おそるおそる振り返る。

目に入った塊は、自動販売機のすぐ横に設置されているベンチに座っていた。
いや、正しくはしゃがみ込んでいた、という方が正しい。
ベンチの上で俗に言うヤンキー座り、という格好だから。
俯いているから、ここからじゃ顔はわからない。
まさかとは思うが、眠っているのか?この寒さの中で?というか外で?
寒さをしのぐためのものなんて、来ているダウンジャケットくらいなはず。
運動もなにもしていないのだから、見るからに寒そうだ。
見た目と醸し出される雰囲気から、ホームレスではない、ということは読みとれる。
となると、酔っぱらいか。
そう結論づけて、僕は歩きだした。
関わらない方がいい、そんなやつに関わっていいことなんてない、むしろ損だ。

しゃがみこんでいる男の横を通り過ぎる瞬間に、やはり気になってちらりと目を向ける。
見えた顔は、知った顔だった。

(なんでだよ…っ!!)

心の中でそう叫んで、僕は脱力した。
ベンチの上でしゃがみ込んだ男の前で、僕はしゃがみ込む。
そして振り返ったことを、顔を見てしまったことをひどく後悔した。
はあぁ、とひとつ大きく息を吐き出してから、俯いた顔を上げる。
もうこうなったらやけくそだ。
そしてここまできたら放っておくこともできない。
自分の性格をこんなに恨んだこともない。

よいしょ、と気合いを入れて立ち上がると、膝がぽきっと音を立てた。
ベンチに歩み寄って鬼男くんの目の前に立つ。

「鬼男くーん。ちょっと!」

肩を揺すると、ゆっくりと頭が持ち上がる。
すぐにぼうっとした瞳と目が合った。
あ、という形で開いた口からは、あーだかなんだか分からない掠れた声が漏れる。
そしてふるふると頭を左右に振った後、たどたどしく「小野くんだー」と名前を呼ばれた。
僕のことは認識できているらしい。
しかしにへら、と笑った顔に違和感。
こいつ、まだ酒抜けてねぇな。

「なんでこんなとこにいるの?君の家、この辺じゃないでしょ」
「終電寝過ごした」

そういえば、この公園の最寄り駅は確か終点駅だ。
眠いのか寒いのか酔っているのか、それとも別の理由なのかは分からないが、鬼男くんは握りこんでいた手を開いて閉じて、を何度か繰り返す。
その意味の分からない動作を見ながら僕は小さくため息をついた。

「携帯は?」
「充電切れた」
「よくこんなとこで一晩過ごせたよね」
「途中超寒かったから、コンビニで」

ほら、と彼が指さした先にあったのはよくみるコンビニ袋。
その中に空になっているのであろう缶ビールやら缶チューハイ。

「酒飲んだら体あったまるじゃん?」
「そういう問題じゃない。っていうかお金あるなら適当にタクシー拾えばよかっただろ」
「あ…」

今気付きました、とでもばかりに呆けた顔をしている男に僕は何と言えばいいのだろう。
自分はあまり進んで酒を飲む方ではないので、ここまで酔う事もない。
そして飲み会のノリも好きではないから、あまり参加することもない。
だから酔っ払いに対しての免疫はあまりないのだけれど。
酔っ払いは頭が回らない、というよく聞く言葉は本当だということだけは分かった。
まさかこんな形で自分が経験するだなんて、予想外もいいとこだ。

いつまでもこんなところで喋っているわけにもいかない。
そろそろ太陽の日差しは冬なりに強くなってきたし、何より鬼男くんの体調も気になる。
元気そうではあるけれど。
とりあえず。

「ほら、行くよ」

立ち上がらせようと握った手は、とても冷たくて思わず顔をしかめる。
ほんとよくこんなとこで一夜過ごせたもんだよ。

「どこに?」
「とりあえず、僕の家。ここから歩いて20分くらいだから」
「ふーん」

引っ張るようにして立たせ、軽くなった缶の入ったビニール袋を空いている左手で拾った。
公園を出てすぐにあるコンビニに捨てればいい。
手を離すタイミングを見失って、僕は鬼男くんの手を離せずにいた。
鬼男くんは黙って僕の手を握り、一歩後ろをついてくる。
なんだか子どもみたいだと思ったけれど、手を繋いだ男が二人、客観的にみるとそれはそれは気持ち悪いことこの上ない。
片方は酔っ払いなんだから大目に見てくれ、と周囲の人ではなく自分自身に言い聞かせながらいつものランニングコースをゆっくりと歩いた。


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10.11.23



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