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放課後、プーだかブーだか金管楽器の響く校内を部室に向かって歩いていた。
吹奏楽部は室内か、ええもんやな。こちとら毎年皮膚が焼ける痛さを味わうっちゅーのに。
八つ当たりのようなことを考え、こっちの都合はお構いなくぎらぎらと熱を発する太陽に向かって暑い、とひとつ文句を零した。

部室前で足を止めると、がやがやと喋り声が聞こえてくる。
常々、あの人たちを夜中の住宅街に放り込むと騒音になるのではないかと思っていることは秘密だ。
言ったところで面白がられて終わり。
もしも本当にやろうなんて言い出したりなんかしたら俺は主犯者だ。
先輩らのこと、絶対に俺を囮に使って逃げ出すに違いない。
それだけは避けたい。
いや、IQ200の天才おるし、どうにか全員で逃げれるんちゃうか、と思ったところで気付く。

「なんで逃亡者気分やねん、俺」

ため息をつくと幸せが逃げるというが、仕方がない。
出るもんは出るのだ。

がたん、と音を立てて部室の戸を開く。
一斉に集まる視線に、「ちわ」と挨拶をすると、あちこちから返事が返ってきた。
それを聞きながら自分のロッカーの前に移動する。
ロッカーの扉を開けた瞬間、遠山が部室を飛び出した。

「わいが一番乗りやー!」
「金ちゃん!ちゃんと準備運動せなあかんでー!」

遠山の背中に声をかけた部長の言葉は遠山に届いているのかいないのか。
分かったー!と遠くで聞こえた返事に満足したのか、部長はよし、と頷いて手元の練習メニューに視線を移した。

夏服は冬服に比べて着ている枚数が少ないこともあり、自然と着替えるスピードが速くなる。
あっという間に着替え終わり、ラケットを持って振り返った瞬間なにやら違和感を感じた。
普段通りの部室。
いつもと変わらないメンバー。
五月蝿い喋り声に途切れない会話。
その中での小さな違和感。

「あ、」

気付いた瞬間に思わず小さく声が漏れた。
俺はもしかしたら大変なことに気付いてしまったのかもしれない。

大きく広い背中。
まだ着替え途中の白いシャツの中心に、小指の爪よりも小さいくらいの黒い塊。
が、徐々に上方向に向かって動いている。
本人はまだ気づいていない。
隣で会話している白石部長も視線は手元。
ユウジ先輩と小春先輩は漫才に夢中。
副部長と師範はちょうど先程部室を出ていったのでここにはいない。
目撃者はまだ自分だけ。

見なかったことにしよう、気付かなかったことにしよう。
その方がきっと平和に事が進むに違いない。平和に部活ができるに違いない。

そっと視線をずらした先に、謙也さん。
あ、まずい。

「財前?なんかお前変やない?」
「何言うてるんすか。別にそんなことないです」

首を傾け、不思議そうに俺を見る謙也さんになぜこんなときだけ鋭いのかと問い詰めたくなる。

「謙也さんも着替え終わったんなら外、行きますよ。しゃあないんで柔軟体操付き合ってあげますわ」

誤魔化すように早口になってしまったのがいけなかったらしい。
謙也さんが探りを入れるように自分を見ているのが分かる。

「やっぱお前変やん。何…」

あぁ、目撃者が増えてしまった。
先程の俺の視線を辿ったのか、それとも偶然目に入ったのか。
一瞬固まった謙也さんが、「蜘蛛や…」と呟いた。
その呟きに、謙也さんの視線を部室の中にある目が辿る。
四方八方から「あ、」という小さな驚きの声。

どでかい悲鳴が鼓膜を突き破ったのはその数秒後。


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10.07.29

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