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気分が乗らない、というのはこういうことだろうか。
今はまだ陽も高く、いつもならグラウンドでボールを蹴っているはずの時間に、赤崎は一人その輪から外れてロッカールームのベンチに座っていた。

今日はなぜだかパスもシュートも上手くいかない。
向かってきた相手を止めることもできなかったし、それどころか当たりに負けて大きく吹き飛ばされた。
おかげで左膝には大きな擦り傷。
そのうえそれに苛立って走り回れば監督に頭冷やしてこいとフィールドから追い出される始末。
全くついていない。

思わずため息が零れそうになった瞬間、ガチャリとロッカールームのドアが開かれた。
現れた人物を見て、更にテンションが下がったのが自分でも分かる。

「あれ、ザッキー。こんなところでお留守番かい?」
「あんた今何時だと思ってんすか」

練習が始まってすでに2時間近く経っている。
堂々と遅刻してくるこの男は何様だと思っているのか。
そんな質問をしたところで、王子様に決まっているだろうとそれも偉そうに答えることが安易に想像できるのでいつも言葉を飲み込む。

お互いに相手の質問には答えず、部屋にはジーノが練習着に着替える衣擦れの音が嫌に響いていた。
普段はごちゃごちゃと五月蝿い男が、今日は静かだ。
それがなぜだかカンに障る。
いつもなら、静かでいいと思えるはずなのに。
理由がわからず、それが更にいらつきを増大させ、舌打ちをした。

ふと視線を感じ、目線を上げる。
その先に既に着替え終わったジーノが腕を組んでこちらを見ていた。
口煩い男が何も言わず、ただこちらを見つめる。
全てを見透かされているようで居心地が悪い。

それを悟られないように、ダンと音を立てて立ち上がる。
力を込めすぎたのか、スパイクを履いた足に振動が響いた。
構わず歩き出す。
さほど身長が変わらない俺たちの距離は近い。

「何なんだあんた。むかつく」

反論のひとつくらい返ってくるだろうと思ったのに広がったのは沈黙。
むかつく、ともう一度同じ言葉を目の前の男に吐きかけて、目についた朱い唇に噛み付いた。
深く、深く、貪る。
喉の奥から言葉を引っ張りあげるように。

ゆっくりと唇を離すと、小さくふぅと息が漏れる。
その時、濡れた朱い唇が目の前で動いた。

「飼い主に噛み付くような犬には、お仕置きが必要だね」

その言葉に似合わない綺麗な笑顔でジーノが微笑んだ。

「今日は僕の練習に付き合うこと。そのあとは…」
「俺が連れてってあげますよ。快感の先にね」

満足そうに声を上げて笑ったジーノにすれ違い様肩を叩かれた。
さて、フィールドに戻ったら一発ゴールでも入れてやろうか。
気分はいつの間にかいつもどおりだ。



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10.09.17


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