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馬鹿みたい。

最近は、随所でこの言葉が頭に浮かぶようになった。
最近、世界で一番、世界で唯一大嫌いなあいつに抱かれるようになってから。
誰に当てての言葉なのかも分からなくなっている。
俺自身に対しての言葉か、それとも眉間に皺をよせて全身に嫌悪感を纏ったまま俺を抱く彼に対してなのか。

今俺がそう思った瞬間は、鏡に写った自分を見ての感想だった。
肩、腕、腰と、至る所にある噛み痕。
抱かれたあとなのに、キスマークなんてひとつも残らない。
残るのは、噛み痕やひっかき傷ばかりだ。
彼の体に残るものも同じ。
依然、お揃いだね、と俺が言ったときのあの男の表情は傑作だった。
今までにないほどの憎しみを伴った顔。

俺たちのセックスに愛なんて存在しないのだ。
存在するのは熱と痛みと不快感。
おかしなものだとは思う。
体は快感を求めているにも関わらず、俺たちがともに感じるのは不快感や嫌悪感のみだ。
わざわざ嫌いな相手を抱き、抱かれる。

シャワーを浴びた俺は、ジーンズだけを履いて寝室に戻った。
するといつもなら、俺がシャワーを浴びているときに帰るはずの男が未だ上半身裸のままベッドの上で煙草をくわえたままそこに存在していた。
2、3時間前に脱ぎ捨てられた彼のシャツやベストは床に散らばったままだ。

「何、なんでまだいるのしずちゃん」

ちっ、と舌打ちをした彼は煙草をサイドテーブルの上の灰皿に押し付けたかと思うと、そのまま立ち上がってこちらに歩いてきた。

「その名前で呼ぶなっつってんだろ」

俺の腕を掴み、そのまま勢いをつけてベッドへ放り投げられる。
驚いたのは一瞬。すぐにぼすん、と音を立てて俺はシーツに埋もれた。

ちょっと、と文句や嫌みを発しようとした俺の口を、しずちゃんの大きな掌が覆う。
これは、合図だ。
この関係が始まってからも、しずちゃんとは一度もキスをしていない。
言葉を発しようとする俺の口を、彼は自身の唇ではなく、手でふさぐのだ。
そしてそれをきっかけに、俺たちのセックスが始まる。
恋人同士の甘いキスなんていらない。
俺たちの関係に、そんな甘さや優しさなんて存在してはならないのだから。

それなのに。

「、っ!」

唇が、傷口に触れる。
先ほどの行為で彼自身がつけた噛み痕だ。
その上を辿るように、ふわりと彼の唇がその噛み痕を撫でた。
キスマークなんてつかないほどの、キス。
決して唇には降りてこないそれが、傷口の上に落とされる。
どんな思いで、しずちゃんはこのキスを俺に送っているのだろう。
自分が傷を負わせたことへの後悔?それとも俺を労っている?
まさか。
彼は俺が大嫌いだ。俺も彼が大嫌いだ。
なぜこんなことをする。
傷をつければいい。
体にも心にも互いに傷を残して、そしてまた傷を塗り重ねていく。
そんな関係でなければいけない。

「いざや・・・」

しずちゃんが俺の名前を呼ぶ。
掌に覆われている口から、俺は彼の名前を呼ぶことはできない。
代わりに思いきり力を込めてその手のひらにかじりついた。

あぁ、馬鹿みたいだ。
ずきりと痛む胸を無視して俺はまたそう思った。


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10.02.24


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