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ふと、目が覚めた。
枕元にあるはずの携帯を手探りで探す。
冷たい感触を指先に感じ、手繰り寄せた。
折りたたみ式の無機質なそれを片手で開いて時間を確認すると、起きる予定の時間よりもまだ2時間近く早かった。

珍しい、と思う。
基本的に自分は目覚ましのアラームよりも早く起きるなんてことはない。
自分よりもむしろ…

俺の胸元に擦り寄るようにして眠っている恋人を見下ろした。
寝転んでいるのだから見下ろす、という表現は適切ではないのかもしれないが、
自分の頭のある位置の方が高いのだからあながち間違ってはいないのだろうと思う。

「蔵…」

思わず名前を呼んでしまってから少し焦る。
思ったよりも大きな声で呼んでしまったかもしれない。
彼を起こすにはまだ早い。
それに、今彼を起こしてしまうのは可哀相だとも思った。
昨夜多少の無理をさせたという自覚はある。
彼が、可愛いのだから仕方がない。
と以前本人に言ったら無言で殴られたのはいつのことだったか。


白石が起きないことを確認してほっと息をついた。
綺麗な寝顔を見つめる。

彼ほど完璧な人間を俺は見たことがない。
外見だけの話ではない。
本当に全てが、完璧なのだ。
その完璧な白石の無防備な瞬間。
それが自分だけのものだと思うだけで感じる優越感。
彼と出会って初めて知った。
こんなにも嫉妬深い自分がいたということに。

白石の額にかかる前髪をさらりと梳く。
俺の武骨な指先には似合わないほど繊細なその髪は、指の隙間をくぐり抜けてゆく。
それが心地良くて何度か繰り返すと、くすぐったかったのか白石の左手が俺の指先を掴んだ。

あ、と思った瞬間には揺れる長い睫毛から覗いた瞳。
そっと何度か瞬きを繰り返しているだけなのに、神聖なものを見ているような感覚に陥るのは、やはり白石だからだろうか。

「…千歳…、なん…?」

寝起きの掠れた声に呼ばれ、どくんと心臓が鳴った。
それを隠すように、白石の額にキスを落とす。

「すまん。起こすつもりはなか、ばってん、起こしてしもうたとね」
「ん、…何時?」

舌ったらずに喋る白石に、まだ寝ていても大丈夫だと告げる。
その言葉に素直に頷いた白石が可愛らしい。

「ほなこつ、むぞらしかね、蔵」
「…あほ…」

そう答えながらもう一度眠りにつこうとする白石に微笑みが漏れる。
先程白石が掴んだ自分の指と、彼の細く白い指は今は絡まって温かな毛布の中。
きっと次に起きるまで解けることはないだろう。

そっと、彼の指を撫でた。
今は包帯に隠れていない白石の左手の掌にはたくさんのマメがある。
一見、白く綺麗な手に不似合いなそれは彼が頑張ってきた証で、彼を形成する美しいもののひとつで、
愛おしい彼の一部だ。
そんな彼の全てを包み込みたい。
俺がそう思っていることを、きっと彼は知らないだろう。
彼に相応しい人間になりたい。
人にやさしく自分に厳しい彼に、綺麗にまっすぐと前を見据える彼に相応しい人間に。
どうか彼の安らぎが、自分のもとにあるように。

愛おしい白石の体温を感じながら目を閉じた。
次に目を開けた時にも、すぐそこに綺麗な彼が腕の中にいるのだろう。



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10.06.17



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