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時を遡ること約1年半。
あのときの感情を返せと、目の前の男に言ってやりたい。

入学式の翌日。
午後のホームルームが終われば、新入生は緊張しながら、それでもどこか浮かれたような表情を浮かべて教室を後にした。
それぞれに自分の興味のある部活動へ仮入部として参加するためだ。
それを横目に、ノートや今日配られたプリントをバッグの中に詰め込みながら思う。
テニスコートへは、ここからどうすればたどり着けるだろうか、と。
入学したばかりの新入生が学校内で迷うことは珍しくはない。
その上、四天宝寺はそれなりに敷地面積の広い学校だ。
一応一通り校内説明はしてもらったものの、はっきりと覚えているかと問われると誰もが否と答えるだろう。
テニス強豪校と呼ばれる四天宝寺だ。
テニスコートも広いはず。
まぁしばらく適当に歩けばたどり着くだろうと、黒いテニスバッグを肩に掛けて教室を出た。


しばらく歩いて見つけたテニスコート。
そんなに急いで歩かなかったせいか、少し時間がかかってしまったらしい。
部活はすでに始まっていて、コートにはボールを打つ音が響いている。
どうせ一年は見学か素振りだろう。
今日は適当に見学だけでもしておこうかと俺はフェンスに近寄った。

案の定、ユニフォームではなく体操服を着ている一年たちは俺のいる真反対側のフェンスの先でラケットを振っている。
近くにいる先輩に指示をもらっているから、初心者が多いのだろうか。

ふとコートを見渡すと、ゲーム形式で練習が行われていた。
なんとなしにぼうっと眺めていると、ある一点でさまよっていた視線が止まる。

彼は、だれだろう。

特別にテニスが上手いと感じたわけではなかったし、何より試合には負けているようだった。
それでもなぜだか目が離せない。
審判が試合終了を告げるまで、ただその人を目で追いかけた。

誰よりも早く風を切って走る姿をかっこいいと思った。
太陽の光に反射してキラキラと光る髪が、風に靡いて揺れるのがかわいいと思った。
そして誰よりも綺麗だと思った。
彼は一瞬で、俺の憧れになった。


それなのに。

今、彼のこの姿を見て誰が憧れるだろう。
がつがつとハンバーガーに齧り付いているその姿。
口いっぱいに頬張っている男を後目に、俺はひとつポテトをつまんだ。
試合中はかっこええのになぁ、そんな空耳が聞こえた気がする。
ちなみに部長の声で。
そんなことを考えもしないだろう謙也さんは、幸せそうだ。
忍足謙也という男を、知れば知るほどあのときの俺の純粋な感情を返せ、と言ってやりたい衝動に駆られるがそれでも惹かれていくのを否定はできない。

憧れはいつの間にか恋に変わり、愛おしさに変わった。
でも実は一目惚れでした、なんて一生教えてなんかやらない。
だって調子に乗りそうだし。

頬を膨らませて幸せそうに食べてる姿を可愛いと思ってしまったら、それはもう恋愛中毒末期症状。

「謙也さん、喉詰まらせんように気ぃ付けてくださいよ」

もごもごと「わかっとる」と答える人に、俺はそっとオレンジジュースを差し出した。
食べることすらスピードスターな彼が、そろそろ喉を詰まらせるだろうから。


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10.10.12



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