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なんとなく元気が出ない。
そう感じるときがたまにある。
そういう時は大抵、剣術の稽古に身が入らなくて戸部先生にダメ出しされたり、テストがあった日には当たり前のように丸はつかなかったりする。
なんだか何もする気が起きなくて、ぼーっとゆっくり流れていく雲をただ目で追う。


「金吾!!」
突然、大きな声で名前を呼ばれて振り向くと、思い切り逆方向から手が伸びてきて首を回された。
「こっちだ。おまえは相変わらず勘が悪いな」
「・・・七松先輩」
元気だけが取り柄と評されている委員会の先輩である。
泥だらけなところを見ると、きっとまた塹壕を掘っていたに違いない。
委員会ではこの委員長に振り回されてばかりで、委員会活動はただの体力作りなのではないかと疑うこともあるが、意見することはとっくの昔に諦めた。
要するに、何を言っても無駄なのだ。


「なんだなんだ。そんな顔して。何か嫌なことでもあったのか」
「いえ、そんなことは…」
取り立てて嫌なことなんて何もなかった。
戸部先生に敵わないことなんてわかりきっているし、テストで0点を取るのだってもう何回目かわからない。
それでも時々、なんだか急に寂しくなったり元気がなくなったりするのだと、いつ見ても元気が有り余っているこの先輩に言っても分かってくれるのだろうか。
黙り込んだ僕を見て先輩は何を思ったのか、じっと目を見つめて言った。

「よし、金吾。裸足だ。裸足になれ」
「裸足、ですか?どうしてまた」
「いいからいいから。ほら」

先輩はあっという間に足袋を脱ぎ、裸足で地面に降りた。
何がしたいのかは理解に苦しむが、先輩に逆らうのも気が引けるしな、と考えてから指示に従って裸足になり、七松先輩の隣に並んだ。
それを確認した先輩は大きな掌で僕の右手を握り、目を閉じた。

「よーし、足を大きく開いて目をつぶって息をゆっくり吐き出せ。そしたら思いっきり息を吸い込むんだ。何も考えるんじゃないぞ」
素直に目を閉じてゆっくりと息を吐く。
隣で大きく息を吸い込む音がして少し可笑しくなったが、笑うのを我慢して僕も真似して思いっきり息を吸い込んでみた。
吸い込んだ息はいつもの空気と変わらないはずなのになんだか新鮮で、裸足になった足もとから土の温かさを感じた。
そばに生えている草がすこしくすぐったくてむずむずする。
地面から足を通して元気をもらっているような気がして、不思議だ。
つい先ほどまで元気が出ないなんて思っていたのに。
何度か深呼吸を繰り返して、そっと閉じていた目をあけると、こちらを見ていた先輩と目が合った。


「どうだ。元気になっただろう」
自慢げにそう言って笑う先輩につられて笑う。
大きく頷いて、繋いだ手をぎゅっと握りしめた。

「これは私のおまじないだ」
普段の委員会の時とは違う、穏やかな声がなんだか少し気恥ずかしくて。
「僕なんかにおまじない教えちゃってよかったんですか?先輩だけのおまじないでしょう?」
「何言ってるんだ。お前は私の大事な後輩だぞ。そんなこと気にするな」
「…ありがとうございます。もう、元気になりました」

自分よりも高くにある顔を覗き込んで笑った。
さっきまでは笑顔が作れなかったのに、不思議だ。
きっと自然だけじゃなくて、先輩のおかげだな。
そんなこと恥ずかしくて面と向かっては言えないけど。

「よーし!金吾も元気になったし、一緒にバレーボールしよう!体育委員会集合だ!」
「はい!」

嫌そうな顔をする何人かの先輩の顔が思い浮かんだが、力強く握られた右手が温かくて、足元から伝わるパワーを感じて、今ならなんでもできそうな気がする、と思った。



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