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「お前は馬鹿だ」

俺の目を見もせずにそう吐き捨てた友人は、ひとつ小さな舌打ちをして保健室から出て行った。
俺は何もしていないのに、なぜそんな言い方をされなければいけないんだ。
むしろ実習で怪我した友人を労る言葉をかけるのが普通なんじゃないのか。
布団に寝かされた体勢のまま、悶々とそんなことを頭の端で考える。

事の始まりは、今日のい組ろ組の合同実習でのことだった。
顛末は簡単。
ペアを組んでいた三郎を庇って怪我をした。
それだけのことだ。
たいした怪我ではなかったはずなのに、善法寺先輩が保健当番だったために大袈裟なことになってしまった。
怪我が見つかった途端に治療され、布団に寝かされてしまったのである。


廊下を歩く足音が聞こえたと思うと、開いたままだった扉から兵助が顔を出した。
まだ制服が汚れてるところを見ると、実習が終わってすぐに駆け付けてくれたのだろう。

「大丈夫…じゃなさそうだな、ハチ」

布団に寝かされている俺を見て兵助が言った。

「たいしたことねぇよ。善法寺先輩に見つかったらこうなった」
「善法寺先輩は病気や怪我に関して厳しいからな。布団に寝かされてるってことは、それなりの怪我ってことだろ。」

枕元に座り込んだ兵助は、キョロキョロと部屋を見渡した後に小さくため息を吐いた。

「で、三郎は?」

なんだ、聞いたのか。
そう呟くと、当たり前だというような顔で頷いた。

「まぁ、こんなことだろうと思ったから、三郎は雷蔵に任せてあるよ。見つけ出して、ここに引っ張ってくるだろ。三郎もそろそろ慣れたらいいのにな」
「そんな慣れるもんでもないだろ。あいつ、根っからのあまのじゃく体質だし」
「確かに」

二人顔を見合わせてここにいない人物を思い浮かべる。
三郎は自分のせいで誰かが傷つくことを恐れる。
それは三郎の過去が何か関係しているのかもしれないし、関係ないのかもしれない。
俺たちは無理やり聞き出そうとしたことはないし、三郎が自ら話してくれるのであればその時は真剣に話を聞こうとも思っている。
だから詳しいあいつの過去は知らないし、結局は本当の素顔だってまだ知らないままなのだ。
5年間も寝起きを共にしているにも関わらず、である。
いまさらそのことについてとやかく言うことはしないが、そろそろ俺たちくらいには甘えるということを覚えてもいいのではないかと常々考えている。


「ハチ、兵助、連れてきたよ」

雷蔵が三郎を連れて保健室に来たのは、実習が終わってから二刻ほど経った頃だった。
同じ顔をしているのに、どうしてこうも表情が違うのかというほど、三郎はふてくされた顔で雷蔵の隣に立っていた。

「ほら、三郎。ハチに言うことがあったんでしょ」

雷蔵に横から小突かれて、やっと三郎は顔をあげた。

「三郎、言っとくけどな、バカはお前だ。この怪我はお前のせいじゃなくて俺のただの力不足だ。俺の鍛え方がまだ足りなかった」
「だけど私が油断しなければ、ハチは怪我しなかった。だからやっぱりその怪我は私のせいだ。それに、私を助けようとしなければ怪我をすることだってなかったんだ」

三郎が言い終えると同時に聞こえたため息は兵助のものだったのか雷蔵のものだったのか。

「違うでしょ、三郎。何のためにここに戻ってきたの」

言葉に詰まった三郎の手を引いて、兵助の隣に移動した雷蔵はそう言いながら腰をおろした。
どれくらいの沈黙だったのか、部屋の中に聞こえるのは遠い笑い声や鳥たちの鳴き声ばかり。
なかなか話しだそうとしない三郎の言葉をじっと待つ。
すると、おずおずと俺の顔を見て、小さくごめん、と呟いた。

「ハチが怪我したのはやっぱり私のせいだと思ってる。悪かった。でも、その、」

再び言葉に詰まる三郎を見かねたのか、雷蔵が助け船を出した。

「三郎ね、ハチにありがとうって言いたいんだよ」
「ちょ、雷蔵!」
「あ、やっぱり自分で言いたかった?だってなかなか言わないんだもの。あんなにここに来るまで練習してたのに」
「いや、そうじゃなくて、いや、そうなんだけど」

そんなやり取りを眺めていた兵助の放った一言で撃沈した三郎に、部屋中が笑い声に包まれた。

「三郎、照れ屋だな」

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