恋々 | ナノ
18

ひたひたと、足音が聞こえてくるようだ。背筋がぶるりと震える。徐々に近づいてくるそれは、恐怖や不安や気味の悪さを身に纏っている。
空を見上げれば、気持ちのいい晴天で、小鳥が踊りように羽ばたいている。朝食の用意をしているだろう物音も、動き始めた人々の気配もいつも通りなのに、どこかぴりりとした緊張感がある。十尾を復活させんとするマダラ達と五大国の忍連合との戦争開始が宣言されてからいくらか日が経っていた。その間に、木の葉の里でも、静かに、そして急速に戦争への準備が始まっていた。
白眼を持つ我ら日向一族もまた、着々と準備を進めていた。戦地へと向かうメンバーと木の葉を守るメンバーがそれぞれ発表されたのはつい先日のことである。
戦地へと赴く面々の中に、跡取りである私の名前はなかった。頭ではわかっていたことであった。だがその瞬間、何故、どうしての言葉が頭をよぎった。それを飲み込んだのは、私自身が跡取りとしての心構えを学んでいたからに他ならなかった。どんなに望んだとしても、跡取りである私が、命を落とす危険の多い戦地に行きたいなどと宣ってはならないのだ。

「ハナコ様」
「・・・ネジさん」
彼は、父に用があって本家に来ていたのであろう。いつもより幾分か硬い表情に、緊張や気負い、不安が見てとれる。
僅かに沈黙が流れる。先に口を開いたのは私であった。
「日向の隊長として、行かれると聞いています」
「はい。若輩の身ですが、期待に応えられるよう、尽くしたいと思っています」
「貴方の実力は皆、知っています。胸を張って務めを果たしなさい」
「勿論です」
それでは、とすれ違おうとしたネジさんの袖口を私は咄嗟に引いて止める。
「・・・まだ、何か」
ネジさんは少し振り替える仕草を見せたものの、表情は見えない。白眼で見なくとも、彼の筋肉が強ばっているのがわかった。敢えて日向の跡取りとして話を始めたのは私であったが、そのままで終わらせる気もさらさらなかった。今を逃せば、もう、この人とただの私として話す機会はないかもしれない。
「・・・必ず、生きて帰ると約束してください」
か細く、声が震えた。重心の移動で、冷たい木の床が、ぎぃ、と音を立てる。
「・・・なんです、縁起でもない」
「貴方は強い。・・・だけど、どうしてか時々、儚く見えてしまうんです」
「・・・・・・」
ネジさんが私に向き直る。眼と眼が、合う。拳を硬く握る。私は失いたくない。もう、何も失いたくない。
「昔、約束をしましたね」
そう、幼い日のあの約束はまだ果たされていない。
「悪習を私の代で無くすと」
ならば、ならば。
「貴方には、それを見届ける義務があります」
「・・・なるほど」
「ついでに告白の返事も貰ってないし私のネジさんと夫婦になるという夢も果たされてません」
「・・・はっ?いや夫婦、・・・えっ?」
「だから貴方はなにがなんでも生きて帰らないといけないんです。もし死んだりしたら、約束を破った罰と乙女の心を弄んだ罰として貴方を殺しに行きますからね」
「・・・・死んだのに、ですか」
「そうです。私が直々に殺しに行って差し上げます」
無理に笑みを作って見せると、次第にネジさんの肩が小刻みに震え始める。
「・・・っふ、ふふ・・・はははっ」
口元を片手で隠しながら笑い始める。人軋り笑い終わったネジさんは、涙の溜まった目許をぬぐった。・・・なによ、そこまで笑うことないでしょう。
「・・・二度も死ぬなんて俺はごめんだ。しかも怒り狂って殺しに来る貴方は地獄の鬼よりも怖そうだ」
「失礼な」
「・・・だから、約束なんてしなくても俺はちゃんと貴女のもとへ帰りますよ」
そう言って、ネジさんは眉間に皺を寄せて、年相応の顔で笑った。


結局、その言葉を最後に、言葉を交わす機会は訪れず、ネジさんは戦場へと向かった。私はその背中を見ながら、普段は大して信仰もしていないカミサマに、どうかどうかと祈った。どうか皆を無事に帰してくださいと。



約束しないままで別れてしまったことを、私はその時、後悔していた。








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