『アローアロー、聞こえてますか?』

『こちらサイケ、サイケデリック…』







目を開ける。
そんな行為が生まれて初めてのものだと言うことを俺は知らない。見上げた景色を形容するための言葉さえ、俺の中にはない。


破壊し、歌うためだけに生まれてきた。
バグ、ウイルスと呼ばれるこのセカイのよくないモノを破壊するために、俺は生まれた。
力、だ。力がある。俺には。全てを壊す力がある。だから、

だから




「おはよう、デリック」

『おは、よう…』

「俺は折原臨也。あんたのマスター。俺の言うことは何でも聞くこと、いいね?」

『…………』



は、と息をついた。
オリハライザヤ、
俺の、マスター。
俺を生み出した、人間


『……何から、壊せばいいんすか?』

「そうだなあ、まだいいよ。仕事あったら呼ぶから。あ、君には先輩が二人いるからね、仲良くするんだよ」



ナカヨク?

どういうことだろう。ぶっ壊していいってことなのか?
そんな言葉は知らない。ということは必要ないのだろう。



俺は生まれた。
この1と0のセカイの片隅で、1と0だけを使って、生み出された。
その使命は破壊。壊すこと。
マスターの邪魔をするものを排除すること。
本能的なその感情に、俺は驚くほど従順だった。
壊したい、壊したい。
それだけ。


体が疼く。
それはきっと、衝動と呼ばれるもの。
だめだ、マスターにいいと言われなければ、俺は動けない。
壊したい、何かを。

早く、







『つがる?』



透き通るような声が純白のセカイに響いた。
振りかえれば何もないそこに唐突に現れた、生まれて初めて見る俺と同じモノ。

呼び慣れない名に首を傾げると、今度は『だあれ?』と白いコートに身を包んだ青年も首を傾げた。
ピンクのベッドホン。そこから伸びるピンクのコードは俺と同じ。

しばらく沈黙が続き、きょとんと子供のような顔で俺を見つめていた青年は唐突ににかっと笑うと


『おれはね、サイケ!』

『………サイケ?』

『うん、サイケデリック』

『俺も、』

『……え?』

『俺も、サイケデリックなんだ』

『そうなんだ!ややこしいねえ…』

『でも俺は、デリックって呼ばれてる』

『あ、そうなの?じゃあもんだいないね!つがるにはあった?』

『つが……る?』

『うん!』



そういえば先輩が二人いるとか言ってたな。
待て、先輩ならため口はヤバいか。例えどんなに相手が馬鹿そうでも。


つがる、とは誰だろう。
きっとマスターが言ったように、ナカヨクしなければいけないのだから、……どういう顔であえばいいのだろうか。


ナカヨクする、

それは壊すことなのか?


マスターが俺に指示するときは、壊すとき。
それは頭に入っている。

壊せば、いいのか?
この、サイケと名乗る青年も



『デリックってなんかよそよそしいね!んーなにがいいかなあ。デリくん?デリデリ?デリー?』

『…………先輩、』

『ん?なあに?せんぱい?』

『マスターに、ナカヨクするようにって言われてるんですよね。どうしたらいいんすか?』

『なかよく?なかよくしたいのか!あのねえ、なかよくなるとともだちになるんだよ!おれとデリックはもうともだち』

『トモダチ?』

『うん!』





トモダチ。

また、初めて聞く言葉だ。
どういう意味だろう。どうしたらいいんだろう。わからない。わからないけど、俺にできることは壊すことだけ。
手を伸ばした。
わからないときはとりあえず壊そう。あんまり考えるとショートしそうだし。


壊そう、コレを。


壊してしまおう



『…ッ…!?』

『あ、つがる!』

『……………』


唐突に横から掴まれた手首はぎりぎりと音をたてた。痛みと言うものを初めて感じる。顔を顰めれば、つがると呼ばれた男は警戒心を剥き出しに俺を睨み付けてきた。
こいつ、こいつは、壊さないといけない。
壊さない、と



『サイケに何する気だ』

『何って、ナカヨクしようと』

『……手前の仲良くは何か違う』

『痛……』

『つ、つがる!だめだよ!』

『サイケ、』

『デリックはなんにもしてないのに、いじめちゃだめ!!』

『いや、でも』

『つがるぅ……』

『…わかったわかった』





腕が放された瞬間に後ずさってぎっと睨めば、気に食わないとでも言いたげに金髪に和服姿のそれは俺を見た。
こいつは、破壊対象だ。壊さなければ、早く、早く


拳を握り締めた俺の前に、サイケがかけよってくる。
なんだ、こいつも俺を傷付けるのか?こいつも、俺を嫌うのか?



『ねえ、デリック。おれたちといっしょにいこうよ』

『さ、サイケ』

『デリックはいつ生まれたの?1人でここにいたの?』

『…………ひとり……?』

『うん。デリック、ひとりぼっちはさみしいよ。すごくさむくてつめたいよ。おれもつがるがみつけてくれるまでさびしくてしかたなかったの。でもいまはあったかいよ!おれ、つがるのことだいすきだし、つがるもおれのことすきなんだ!』

『……ス、キ?』

『うん、だいすき!』






わからない。



わからない、


わからない、わからないわからない。
なのに、この感じはなんなんだ?
胸のあたりが変だ。バグが発生してしまったのか?
バグなら壊さなきゃ、俺は、俺を壊さなきゃいけない。
理解、不能、わからない、

なのに



『おれ、デリックのこともだいすきなんだよ?』



なのに、
こんなに痛い。


わからない、サイケがどうしてそんなに嬉しそうなのか

わからない、

ワカラナイ


オレニハワカラナイ







『人は、』

『…………』

『そんな感情というものを糧に生きている。ときに流されて、ときに傷付いて、それでも……人はそんなものに依存している』

『…………カンジョウ、依存…』

『生憎、俺たちはそんな感情に似たバグ持ちで生まれてきちまったから、依存するしかねえんだよ。でも、それでいい気がする。人間でも機械でもねえ中途半端な存在になっても、』

『…………』

『俺はサイケが好きだ。愛してる。それは、付属されててよかった感情だと思うんだ』









アイシテル、

アイ、


それは、マスターが好きな言葉。
アイなど、俺には必要ない。いらないモノ。不要物。
だけど、その言葉を聞くほどに肩が震えて目から何かが零れて落ちる。


なあ、教えて下さい。


アイとはなんですか?



壊すことだけを目的で生まれた俺の中に巣食うバグならば、俺は失敗作なんだ。
わからない、わからない


だけど頬を伝う温かい何かを拭ったサイケがにっこりと笑うから、

いつかわかる日がくればいいのにと握り締めた拳を解いてその小さな体を縋るように抱き締めた。






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初デリ
ツガサイ+デリな感じで

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