門→(←)臨



「ドータチン♪」




抜けるような青空とはよく言うが、まるでそんな空と似た透明感のある声が鼓膜を揺らした。
購買で買ってきた陳腐な焼きそばパンを咀嚼しながら振り返れば、およそ同じ年の人間とは思えない顔でにっこりとはにかむ似非好青年。きっと女子はこの顔に引っ掛かるんだろうなと心の隅の方で小さく思って、思っていた間にいそいそと俺の横へ腰をおろした折原臨也は少しわざとらしくため息をついて空を見上げた。
その横顔は恐ろしく幼いものに見えて、本当に同じ年かと疑問に思うのはもう何度目かしれない。
黒々とした髪を冬の気配を匂わせるひやりとした風になびかせると、不意に俺のほうを向き直ってまた相変わらずの愛想を振りまいてくる。


昼休みの屋上にはわいわいと人が溜まっていた。
そのなかでたった1人でぼうっとしながら空を眺めていた俺は余程目につくようで、さっきから入れ代わり立ち代わりいろんな奴が俺に声をかけてくる。
いつもなら別にかまわないけれど、今日は少し違う。わいわい騒ぐ気になどなれなくて、一人にしてくれとことごとく誘いを断っていた。


「………どうなった?」

「何が?」

「静雄だよ」

「………あぁ」



そんな一人きりに浸っていた俺の問いは、浮かんでいた笑みを唐突に自傷的なものに変えるのには十分すぎる威力だった。
臨也はぎこちなく笑うと俺から視線を外し、またフェンス越しに外を眺めたまま押し黙る。


しまった、地雷だったか



頭を掻けば、迷ったような臨也の声が「あのね、」と続いた。でもそれっきり言葉は続かなくて、結局沈黙に耐えかねた俺が口を開くことになった。


「なあ、好きなんだろ?静雄の、こと」

「……………」

「もう少し自信持っていいんじゃねえか?静雄だって悪い奴じゃねえんだからよ、話せばわかるだろ」

「ドタチンは、」

「…………あ?」



「………本当にドタチンは俺のお母さんみたいだね」








弱々しく笑った臨也はそう呟いて、その言葉に俺は酷く耳を塞ぎたい衝動にかられた。
そんな顔をさせた俺を、母親のようだと慕って懐く臨也。そんな関係に、依存して




違う。


違う、臨也。俺は、

そんな綺麗じゃない。
そんなに、綺麗な人間じゃない。


心の中では嫉妬ばかりの汚い人間なんだ。
応援すると言っておきながら、心のどこかでめちゃくちゃになっちまえばいいって思ってる。
それは、今も

汚い、

俺は



「………お母さんかよ。せめて兄貴くらいにしといてくれって」

「ううん、お母さん」

「……そーかよ」

「うん」




臨也、


どうしたらよかったのか、今でもわからずにいる。
答えなどないことなんて知ってるから、臨也に見えないように唇を食んだ。


「俺、シズちゃんのこと好きになっちゃった、かも」


そんな言葉を告げられたのは半年程前。最初はなんだ、友達になりたくなったのかとあの戦争のような日々に別れを告げられる喜びに密かに浸っていたけれど、どうやら違ったらしい。

本気で、静雄を好きになったと





俺は、臨也が好きだった。だけど、同性に対して向ける愛などきっと迷惑だと
……いや、違う。ただ嫌われたくなかっただけだ。
どうして好きになったのかと尋ねられたなら、それには答えかねる。自分でもよくわからないから。これが、『好き』と名付けていい感情なのかもわからないくらいだ。


あのときは本当に驚いた。
まさか、臨也が男を、しかも、あの平和島静雄を好きになる、なんて。
初めて見たときからあいつらは違う生き物同士がいてはいけない場所で共棲しているかのように感じていた。同じ檻のなかに閉じ込められてやむを得ず共に暮らしている犬と猫のような、そんな、共存することが難しい、関係。
それは今尚、むしろ酷くなってる。


だからこそあるわけないと思っていたんだ。
臨也が、静雄に惹かれることがあるなんて、あり得ないと
どこかで安堵していた。
俺に懐く臨也は、俺だけのものだと思えていたから、そんな、ちっぽけな独占欲さえひた隠しにして


ああ、それでも、臨也は静雄を好きになった。
あのとき、俺はお前が好きなんだと言えたなら、救われただろうか。


その答えはわからない。
過去にもしもはないけれど、俺は、そんな無意味な思考ばかり繰り返してはシミュレーションを、何度も

何度も




「ドタチン、」

「あ?」

「今日は、1人でいたかったんでしょ?」

「………まーな」

「話してくれてありがとう」

「いいんだよ、別に。話しだしたの俺だし」

「そか」

「で?頑張れそうか?」

「…………うん。偉い?」

「おう、偉い偉い」




ぼふぼふと撫でた頭は、想像以上に小さい。
そんな行為に嬉しそうに顔を綻ばせた臨也に目をとられて、また汚い想いが頭をよぎり出した。

戸惑って止まりかけた頭の手を掴んで、臨也は誰かに向ける似非的な笑顔ではない、幼い笑顔をみせてにっこりと。

叶うなら、すぐにだって抱き寄せたくて
叶うなら、すぐにだってその薄い唇を貪りたくて

だけど俺は、できない

それはこの関係が崩れることを怖れているから、
そして、俺は自分のためだけに行動できるほど度胸もないから



「ねえ、ドタチン」

「ん?」

「………俺さ」

「……………」

「…………やっぱ、いいや」

「なんだよ」




反動をつけてひょいと立ち上がると誤魔化すように伸びをして、臨也は振り返らずに


「何言おうとしたのか忘れちゃった」


そう呟いた。


それ以上を言及する力など俺が持ち合わせているわけもなくて、ただそうかと相槌をうつだけ。
今度はくるりと振りかって、俺の名を呼ぶ。
臨也がつけた、あんまり気に入ってねえあだ名を、その透明な声が呼ぶ。




「ドタチンは優しいね」

「……んなことねえよ」

「優しいよ」

「優しくなんて、ねえんだよ、臨也」

「……俺、優しくてちょっと自分のことが嫌いなドタチンが、大好きなんだ」

「……嬉しくねえな」





見抜かれてるんだろうなと思った。
もう全部知ってて、それで好きとか言うんだなこいつは。


それ、静雄に言ってやれよと笑ったら、臨也もそうだねと笑った。



俺は汚い。
これが、思春期特有の感情だったとしても、今この瞬間の俺が薄汚れていることは不変の事実。
嫉妬に狂い、おかしくなってしまいそうなんだ。ぎりぎりと胸が張り裂けそうに痛むんだ。


それでも、俺は願うよ。


生まれて初めてこんなにも愛した人間が幸せに笑っていてくれることを

きっとこの先も、永遠に願い続けていくんだろう。






――――――――
忘れたと嘘を吐いた
本当は君を愛してるのに

シズちゃんを好きになったと言えば振りむいてくれるんじゃないかと企てたけれど失敗して救いようのない深みにはまってしまった臨也、とドタチン
という設定
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