切甘+死ネタ






あるところに人間の姿をした化け物が住んでいました。


暴力を具現化したような彼は暴力が嫌いで、
だからそれを制御できない自分のことも大嫌いでした。

彼は世界の不条理を呪いました。
自分を呪いました。
どうしてこんな力を持って生まれてきてしまったのか。


そればかり毎日毎日思ったまま、化け物はいつしか大人になっていました。



そして、自分を嫌う男に出逢いました。
彼もまた、人間という名の化け物。
異形な彼は同族であるはずの人間をまるで異なる生き物を愛でるかのように、深く深く愛していました。


そしていつのまにか、似て非なるものだった彼らは恋に落ちていました。














*





「…………………」




雨の音だけが響く。
目の前の光景がよくわからない。
理解することができずにいる。きっと、この先もこれを理解できる日は来ないだろう。
傘を叩く雨音は、激しく俺を責め立てるようなものだった。


「………なんで、」




俺は、愛された。
世界で一番嫌いで、一番羨んでいた人間に。
あいつは俺と違う。愛したくて愛したくてたまらないのに、誰かを愛すことなどできない俺と違って、際限なく人間を愛している。
愛されたいと願うのは、もしかしたら同じだったかもしれないけれど、質の違うものな気がした。

求めた。

俺たちは互いを求めて、愛なんていう不確かなもので繋がろうとしていた。
愛し慣れている臨也のように、俺は上手く奴を愛せていたのかはわからない。

わからない、けれど



「…………馬鹿か」







それも終わってしまった。
俺はまた誰にも愛されない。

そんなことを確信しているくせに、俺は妙に冷静で


今も目の前で血塗れの臨也が倒れているのに「なんでこんなとこで死んでるんだよ」と尋ねるばかりで、それ以上何もできない。







空を覆った厚く黒い雲からは冷たい雨が落ちてくる。
それは目の前の赤い血さえも無情に流し、落としていく。赤い赤い水溜まりが、ほの暗いそこに広がって。
路地裏のゴミ捨て場に棄てられていたこの、愛の塊は息があるのかどうかもわからない。

青白い肌は気味が悪かった。人間じゃないみたいだ。
人形のような白さだ。


傘をさしたまま呆然と立ちつくした俺を、誰かが笑った気がした。







*






「ぅ、あ」


甲高い声で喘ぐ。
女みたいだなと笑えば「そんな女みたいな声で喘ぐ男が好きなんだね、シズちゃんは」と皮肉たっぷりに言った。

ああ、そうだ
好きだ。

こいつが好きだ。

嫌いだという言葉で固めたその気持ちは一度気付いてしまえばぼろぼろと剥がれて落ちて、抵抗して抵抗して、結局認めざるをえなかった。
それは臨也の思い通りの結末だったのかはわからないけれど。



「ん、ぁ、あッシズ、ちゃん……」

「あ?」

「な、何考えて、んの?んッ」



一定のテンポできしむベッドのスプリングに眉を寄せれば、くつくつと馬鹿にしたような笑いが喘ぎに混ざって耳につく。
こんなときまでうるせえ奴だ。俺が何考えてようが関係ねえだろ。
そんな意味をこめて睨み付ければ、ごめんごめんと臨也は困ったように眉をハの字に寄せて笑ってみせた。

薄暗い部屋に嬌声が落ちる。
落ちては消える。
消えては、砕ける。
硝子が割れるようにばらばらに砕けて、それで



それは硝子細工のように脆く危うい。
臨也も、触れれば壊れてしまいそうで、怖かった。



「ん、はッぁ……だ、いじょぶ」

「………あ?」

「大丈夫、だよ」




こいつ読心術でも使えんのか?と怪訝そうに顔をしかめれば、いつも通りの顔で笑って俺を見る。

大丈夫、か。
何がだろう。それを確かめることすらしないで、打ち付ける腰の速さを少しはやめて


せりあがる欲。
暑い。熱い、熱くて
肉のぶつかり合う音が室内に響いた。
首に絡み付いた細くしなやかな腕が冷たい。噛み付くように口付ければ、むこうからも舌が差し出される。
妙に積極的だななんて思って、
それと同時に愛しているんだなと感じた。
愛してる。
愛している、こいつを。

理由なんてわからない。
でも、そんなものだろう。

多分それは、臨也も



「ひ、あッシズちゃ…好き、だよ」

「ああ、俺も」

「んぁあッあ」

「俺もだ」





そうやって与えられた愛を確認していたんだろう







*






「あ゙?」


心の底から怪訝そうな顔を向ければ、にやついた臨也はだからあと言葉を続ける。

「だから、俺ならシズちゃんを愛してあげられるよって言ってるの」

「余計なお世話だ」

「君みたいな化け物を愛してあげるっていう物好きがここにいるんだよ?ねえ」

「だまれよカスがぁぁあああ!!」



ぶん投げた机は高飛車な男を撃墜させることもできずに壁の中へめり込んだ。
臨也を追って廊下を駆け抜ければすれ違う生徒たちの悲鳴。人のことなめやがって。ふざけんな、今日こそぶっ殺してやる。


行き先はわかっていた。
どうせ屋上だ。

階段をかけのぼり、見慣れた屋上の扉のノブを力任せに引けば扉ごと外れた。

投げ捨てて秋風吹き抜ける屋上へ飛び出せば、フェンスに寄りかかった臨也は心地よさそうに目を閉じていた。
夏の暑さは落ち着いてきたけれど、長袖では暑い陽気。
臨也も半袖のワイシャツ一枚で、赤シャツに学ラン何ていうそれこそうざったい格好よりはずっとマシだったけれど臨也の本質がうざいことには変わりない。


ふーんと満足気に鼻を鳴らすと、切れ長の狡猾そうな瞳で俺を見据えた。


「俺の話聞いてた?」

「聞くわけねえだろ」

「わからないかなあ…」

「わかってたまるか」

「………だから」




ゆっくりと歩み寄ってくる臨也に一瞬怯み、黙って睨み付けていればその似非笑顔を顔に宿して


「シズちゃんが好きなんだよ」


俺の目の前まできてそう言った。



「……喧嘩売ってんのか?手前」

「ひどいなあ」



それでも好きなんだよ、


そう臨也は笑って。



喧嘩売ってるんだと本気で思っていた。
それでもそう言った臨也が嬉しそうに笑うから、何も言えず
何もできず




それから毎日毎日毎日毎日、告白され続けた。
さすがに、それが丸一年も続けば気にならないほうもおかしい。
だけど、俺はこいつが嫌いなんだ。そのはずなんだ。
だから、好きになるなんてことあるわけなくて







*






キスをした。


愛していたのかはわからないけれど、

泣いていたから




臨也が、泣いていたから



好きになってごめんと謝るから。



違う、違うんだ。

俺は、俺だって





だから、抱き締めてキスをした。







*







雨の音がする。

それは酷く冷たい。


俺は確かに愛していた。
臨也が好きだった。

たとえ受けとめていたその愛が虚像だったとしても、あの日何も答えなかった俺の前で泣きだした臨也は嘘じゃなかったはずだ。



「臨也、」



呼ぶ声は驚くほど優しい。
その名の響きは、いまいましい響きではない。


なあ、臨也



どうしてそんなところで死んでるんだよ。

どうしてお前が、あの、気位の高いお前が、ゴミ捨て場なんかで倒れてんだよ。



持っていた傘を投げ捨てた。
その代わり臨也に触れた。
冬の雨は冷たい。臨也の頬もひんやりと冷たかった。
その理由は、寒さのせいなのか、それとも臨也の息がもう止まってるせいなのかはわからない。

吐いた息は白い。


その細い腕を掴むと、捨て猫のように汚れた臨也を背負った。






空を覆い尽くした雲は、重く黒い。
そんな雲の上にはちりばめられた星屑がいつもと変わらず輝いているんだろうなんて、妙にファンシーなことを考えて空を見上げた。

落ちてくる水滴が顔を叩く。
生きようとする俺の体は反射的に目を閉じた。



愛してた。


愛してたんだ。




町の喧騒も耳には入らない。
どこかから、臨也の声がした気がして


俺はゆっくりと腐れ縁の恋人を背負って、腐れ縁の闇医者のもとへ歩きだした。






*









あるところに人間の姿をした化け物が住んでいました。



化け物は、

人間と言う名の化け物に愛されたことで








人間になれた気がしました。








――――――――
それは愛した人間(バケモノ)も同じだったのです。




狂った二人が愛し合って人間になれたらいいなと思って書いたが悲しすぎたね。


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