ああ、まただ。


目を開けた瞬間に全部把握した。
今更抵抗もせずに、むしろそんな力は失われていることくらい重々承知だったから、だるい体に舌打ちをする。



頭が痛い。

今回の薬はどこに入っていたんだろう。
コーヒーの中かそれとも煙草の端か
どういう状況で自分が昏倒したのか記憶になくて、考え始めれば唐突な生温かい刺激に体はがくんとそれた。


「かっ……は、」


「ああ、起きた?」



下の方から聞こえたその声に、刺激を失った体を弄びながら見下ろす。
足の間で立ち上がった俺の性器を握った臨也がにこりと笑った。
いつから起きてた?と悪戯に尋ねるから、お前がそれを銜える少し前だと少しわざとらしくぶっきらぼうに返す。

そっか、

臨也はそれだけ言ってまたそれを口に含む。
じゅるりと音をたてながら吸い上げては放すを繰り返して、上顎に擦れた先端がびりびりと否応なしに快楽を伝えてきた。



ああ、まただ。

そうやって、俺を抱く。


びくりびくりと跳ねる自分の体がバカみたいで、喘ぎをこらえるように唇を噛み締めた。
でも、やはりそんなのは意味をなさない。込み上げる嬌声は自分の耳について仕方がなくて。


声我慢しなくていいよと、臨也のにやけた声が鼓膜を撫でる。
やめろ、そんな声で話すな。
目で言ったって伝わるはずもないけれど。


わかってる、全部。



全部ってのは、全部。


かくん、足から力が抜けた。
果てるから放せって言ったって、どうせ臨也は放さないだろうし、頭突っぱねようとしたっていつもと同じ薬だったらそんな力もないくらい随分前に学んだ。
だから、抵抗もせず、自分よりずっと華奢な体格の男にされるがまま、甘ったるい嬌声をあげるばかり


「い、ぁッ……でる、…いざ、や」


それでも癖みたいな一連の動きは、無駄だとわかっているのに突っぱねようと腕を伸ばして
その腕には力なんてこもっていない。無駄だと知っているから、抵抗してる癖に無抵抗だ。


「ぅ、あ」


身体が軽く跳ねた。
はき捨てた欲を、こくんと飲み込んで
顔をあげた臨也は口元を拭ってにやついた。


ああ、くそ







そうだ、全部わかってる。

臨也が、遊びだってことも

悪ふざけ、嫌がらせの一貫なんだって、知ってるから


「大人しいね、シズちゃん。ねえ、諦めたの?」



痛い。


痛みなんて、ずっと忘れていたのに、


痛い。痛い、痛い。


いたい、



「可愛い」

「……嬉しく、ねえ」

「シズちゃん?」

「………」

「……シズちゃんは、無垢だね」

「……あ?」

「シズちゃんは、真っ白だ。潔白、純白」

「………、の」

「シズちゃん、だから俺シズちゃんが「そんなの、」





そんなの、


どの口がそんなことを言える、
どの口が、俺を、無垢だなんて





汚したのは、お前

ああ、でも、堕ちて汚れたのは俺。

臨也、臨也臨也。
お前が、汚れた俺を笑うなら、そのときは汚れたことを俺は嘆くことができるのに、俺を綺麗だと言うから、
だから、嘆くこともできない。


それすら、許されない。


臨也、なあ、俺は



遊びならそう笑えばいい。
笑え、笑え、俺を、笑って
嘲笑って、嘘だったと口にしてくれ


「ねえ、シズちゃん」


口付けられて、視界が潤んだ。



「愛してるんだよ?」



喉が、ひくと音をたてた。
怖い、たまらない程に、

畜生、大嫌いだと殴りたい。罵りたい。
だけど、殴るための拳も握れずに、俺は震えている。
大嫌い、なら、どんなによかったか。どんなに、俺は救われたか。


カチャカチャと金具を外す音が部屋に響いて、ぐっと腰を掴まれた。
笑う臨也の背景は、もはや見慣れた高い天井。染み一つ無いそれを見つめて、近づいた臨也の顔からピントがズレたのを感じた。
それでも、視線は薄暗い天井に向けたまま

肩口に触れた熱い唇の柔らかな感触に、ふ…と息が漏れて


「そう、いい子。力抜いて」


ぼやけた視界の隅っこで、ゆらゆら揺れる臨也の髪。
細く黒々とした、俺とは、逆の…


吸い付かれた肩口は、じゅるりと生々しい音をたてた。
ああ、きっと跡が残されたんだ。
嫌だ、鏡を見るたびにまた思い出す。そんなの、嫌だ。
臨也がそこまでわかってやってることくらい知ってる。知ってるのに、抵抗できない

否、知ってる、から、


俺は、




押しあてられた熱。
珍しく余裕の無い顔でふ、と不敵に笑う臨也に、悪い顔出ちまってるぞと呑気に思っては、つんざくような痛みに顔をしかめた。

変わらない、

そうだ、いつも変わらない

こうして、変わらないセックスをして、朝起きたらいつもと同じ臨也の部屋で、その頃には部屋の主はもういなくなっていて、それで、


それで。

それで、なんだ?


いつも、同じ

何も変わらない

俺が堕ちた事実も、臨也が俺を愛してない事実も
何一つ、少しの進退もせずに俺を苦しめる。



救われない、な


いつまでも



「いざ、や…」

「んー…?」

「キス、してえ」

「………は?」

「ッ、ん、い、入れんのか、止めんのかどっちかにしろよ」

「え?あ、ああ、入れる。ちょっと待って」


性急に押し込まれたそれ。
何度やっても慣れないのも、きっと変わらない。
そんなことを悟ってしまったのだって、俺がこいつに堕ちたせい。


ぐち、と粘着質な音が響いて、臨也が入ったよと諭すように呟いた。



「自分からそんなこと言うなんて、どうしちゃったのかな?」

「……どうもしてねえ。ただ」

「ん?」

「ただ、遊びならそれでいいから、」

「…………」

「愛してるなんて、嘘吐くな」




臨也は何にも答えなかった。
変な沈黙が包んで、ただの呼吸音だけ部屋に響いている。

いつもべらべら煩いくせに、急に押し黙るのはやめてほしい。


「臨也?」


尋ねた俺の唇を塞いで、そのまま、押しつけるようにキスをする。
それは優しくない。
でも、荒くはない。

漏れる吐息は熱く湿っぽい。
絡ませた舌はそれ単体が生きているかのように求めあってはまた唇を重ね合わせて

どうして、

どうしてこんなキスをするんだよ


こんな、求めるような、いや違う、求められてたのははじめから同じ。
ひたすらに体を求められた。だから差し出した。自分を明け渡した。

なぜ、なんてわからないのに
理由ばかり俺は探している。



「、ふ」

「…………ねえ、」

「………あ?」

「自覚ある?」

「なんのだ」

「何か」

「は?」

「わからないならもういいよ」

「何、あッ、んん」



唐突に突き込まれて顔をしかめる。

動かすなら言えよ、この…

眼光鋭く睨んだところで多分今の臨也には通用しない。
肉のぶつかる音がムカつくくらい軽やかにテンポよく響く。ぎしぎしときしむベッドのスプリングも、もはや聞き慣れた。
それはどこか哀しくて、虚しくて

それでいて切なくて


溢れそうになる涙の理由など、俺には理解できなかったけれど
それでも、この救われない気持ちがその答えを知っているような気がして、決して不安ではないのだ。


「ひ、ぁッあ、ん、ん」

「は、あ……シズ、ちゃん」



掻き抱くように背中に手を回した。
もっと、もっと
あと少し、何か、わかりそうなんだ
臨也、なあ、真っ黒なお前に溺れたときにはもう俺も黒く汚れていたんだよ
堕ちて、堕ちて、俺と言う名の孤独な化け物はお前に堕ちた


おかしいな

どうして、



「……ごめ…、も、出すよ?」

「ん、あッ、い、ざや、んぁあッ」





それなのにどうして、お前のことがわからないんだろう








*








目を開けた。

見慣れすぎた高い天井にため息をついてから重い体を起こす。見渡せば昨夜の惨事の所為でぐしゃぐしゃのシーツと俺の服。なのに隣で寝ているはずの人間はその痕跡など跡形もなく。


そうだ、それもいつものこと。
今更、何も




それでも誰もいなくなった部屋で思う。


奴が面白半分で俺を抱いてることなんて、ずっと前からわかってた。
それでも、俺は堕ちた。
悲しいほど、あいつに

それを嘆く術も持たずに、ただ、俺は


愛されたことのない化け物が一度愛されることを知ってしまったら、愛することを知ってしまったら
もうどこかへ離れることなどできるわけがなくて。



「…、…くしょぉ、ちくしょお、」




溢れる涙はとまらない。拭っても拭っても終わらない。

畜生、

畜生

ああ、それでも


与えられた愛情が本物だったらなんてふざけたことを思ってしまうのは、




きっと俺があいつを――――――――




―――――――――
かわいそうな静雄くん


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