「……ぁ、ん…」


「………バカ、やろ…」




泣きだしそうな顔をしていた。

心のほうはとっくの昔に破綻していたから、今更かよと冷めた目でそれを見据える。


バカ野郎、

今度ははっきりとそう告げて、一層悲しそうな表情が浮かんだ。



なんでそんな顔するんだ、

好きか?って聞かれたから、大嫌い、と言っただけなのに。

なんで、そんな顔するの?


嫌いだ、そんなこと、ずっと前から知ってたはずだ。わかってたはずだ、シズちゃんだって。
なのに、ああ、そうかよってシズちゃんは目を細めた。



「なら、俺もだ」



そう言って露にされた身体の線をなぞるように、シズちゃんの赤い舌がねっとりと首筋から胸、胸から腹へと這う。
ひくついた体は少し弓なりに反れて、耳障りなくらいの甘ったるい声が喉の奥から込み上げて溢れた。

うっすら目を開ければ、視界の下のほうで金色の髪が揺れていて。ちゅ、ちゅ、とわざとらしい音を立てながら、身体中にキスされた。
下敷きにしてるシーツが丸まっていて苦しい。
シズちゃん、声にすれば無視されて、首筋に噛み付かれる。
ひゃう、って変な声が出て、顔を上げたシズちゃんを見れば彼もこっちを見ていて、交わった視線に苦くほくそ笑んでいた。

噛み付かれただけなのに。
愛撫でも何でもない行為に欲情してるなんて、
思っていたらシズちゃんは淫乱めって笑った。
そうかもね。
好きでもない人間に抱かれて喘いでられるんだから。



「ぃ、…あッ……あん、ん」


胸の突起に吸い付かれる。体がオーバーに跳ねて、潤む視界はぐらりと歪むように暗む。軽く噛まれたそこが、じくじくと疼いて、ああ、変になるかもとシズちゃんの頭を掻き抱いた。


セックスは嫌いだ。

本当は嫌いだ。

互いの欲のままに体を重ねる行為を、俺は好きになれない。
だけど、こうして一番抱かれたくない人間に抱かれている理由なんて、簡単なこと


妥協、だ


別に抱かせろと頼まれたわけじゃない。
ただ今までみたいに、からかって、追い回されて、殺しあいの喧嘩して、そうして俺は笑ってシズちゃんは怒る、そんな日常にはもう戻れないから
ある日突然、戻れなくなってしまったから
新しい日常を始めるためには、何か違う当たり前を作らなくてはならなくて。

だから、シズちゃんにセックスしようよって笑って言った。シズちゃんとのセックスでいいやって、俺は妥協したんだ。

戻れなくなってしまった理由なんて、ない。
唐突に、ああ、もうダメだと思っただけだ。
シズちゃんを見ると、何だかよくわからない気持ちになって、今までみたいに(嫌い)はしっかり残ってるのに、泣きだしそうになって


「はぁ、…シズ、ちゃ……もっと」

「あ?」

「もっと、キスして」



言うが早いか唇を奪われた。重ねたそれの隙間から零れる吐息は熱く濡れている。

外国の映画のワンシーンにあるみたいな情熱的な荒々しいキスをする。
唇をねとねとなめ回されて、口を開ければ舌が侵入してきた。
上顎を舌先でなぞられて、呻くように喘げば、耐えきれないとでも言うように人差し指と親指の腹で胸の突起を摘まれた。
頭、おかしくなりそう。
唇は痺れて、頭も、びりびり痺れて、なんかもうよくわからなくて、ただただ電気のように走り抜ける快楽に素直に甘い声をあげるだけ。

唇を重ねては、放して
向きを変えてはまた口付ける。逃げるように舌を引っ込めたのにすぐに絡めとられてぢゅ、って吸われた。


「ん、んぅっ……んん」


シズちゃんの濡れた唇が離れて、額に口付けられた。
額から、瞼、頬、首筋、鎖骨、ゆっくり、降りていって、
足の先まで、余すとこなくキスされる。

たまらなくなった。
気持ちが、溢れそうで、胸の奥が痛い。痛い、痛い。
視界はゆれる。
霞むように、よく見えなくなる。
シズちゃん、シズちゃん、シズちゃん
俺は、新しい刺激を探してたんだ。シズちゃんとの喧嘩にも飽きてきてた。だから、新しい遊びは、シズちゃんとのセックスでいいやって、妥協した。
妥協案のはずなのに、こんなに溺れてしまって。
こんな、苦しくて仕方なるほど。


「指、入れんぞ」

「ん……ッ、あ、ん…」


ぐちって粘着質な音がして、シズちゃんの指がゆっくり侵入してくる。
異物感に顔をしかめれば、痛いのか?なんて優しく聞いてきて
やめてほしい。優しくしないでほしい。
妥協案なんだから。
仕方なくシズちゃんとしてるんだから。


くちゅ、って性器の先からあふれた透明な液体が音をたてた。
指はどんどん奥へ入ってきて、ときどき角度を計りながら少し戻ったり、ねじ込まれたりして変な感じがする。

異物感も慣れていくごとに快楽に変換されて、気持ちよくなるから、きゅうきゅうとシズちゃんの指を締め付ければ、欲しいのか?って意地悪く聞かれた。


「あ、ぁんッ、あ、んんッひ、ぅ…」

「ぐちぐち言ってるぜ。聞こえるか、臨也」

「き、きこ…あぅッ、きこえてる、よっバカ」



睨む。
でも効果はないみたいだ。
シズちゃんの言うとおりぐちぐちと卑猥な水音が響いている。
シズちゃんが指を曲げたり抜き差しするたびに派手に響いて、耳からも犯されてる気になった。

意地悪だ。シズちゃんは。
シズちゃんのくせに。
バカのくせに。
俺のことなんてたいして好きでもないくせに。
体の関係がなかったら俺のことなんて嫌いなくせに。

大嫌いな、くせに。




どうしてそんな顔をするの

どうして、そんなに嬉しそうなの?悲しそうなの?


「うっ、ぁッ…あ、あッ、あん、んんッ」

「なあ、」

「ひっあッ、ぁんんッ!つよ、すぎッ」



ぐちぐちが、ぐちゃぐちゃに変わる。
シズちゃんに突き上げられてるときみたいにがくがく揺さ振られた。
脳がぐちゃぐちゃに掻き回されて、何だかよくわからなくなる。
痛い、痛い。擦れてぴりぴりする。痛いと言ってもシズちゃんはやめてくれない。

縋るようにシズちゃんのワイシャツを掴む。ワイシャツをたどって、頭の脇につかれていた手に触れてみた。

「ひ、ぁ、ああッ、ああ、んッやああ!!」

「なあ、俺は」

「え…?ッ、あ、も…やめ」

「俺はお前の何だ?」




動きが止まって、シズちゃんはそう言い放った。
がくんと脱力して、ひりひり痛むそこからシズちゃんの指がずるりと出ていく。
それを見ればいつのまに果てたのか視界の隅で、びゅる、と白いものが性器の先から溢れて伝った。


何、言ってるんだろう。


シズちゃんは妙に悲しそうに眉をひそめて俺を見る。
それは、あまり見たことが無い顔だったから、ついいつのまにか見入っていて、もう一度、なあと呟いたシズちゃんに、ああそうか、尋ねられてたんだって理解した。


そんなの知らないのに。
わからないのに。
そんな顔されたって、俺にはわからないのに。
訴えるようなその目は、俺のことを責めてるみたいだった。

「何でも、ないよ」

「………、…」

「…………妥協案だから」




シズちゃんは、目を見開いて、固まった。
何か言いたげに開きかけた口も、一度迷って閉じる。なんで、そんな顔、
なんで、なんで


「……妥協、か」

「………?」

「そ、か」




腰を掴まれる。
性急に取り出されたシズちゃんのそれが、未だひりひりと痛むそこにあてがわれた。
泣きそうな顔だと思う。今にも、シズちゃんは泣きだしそうで、なんて弱いんだろうと目を細めた。


ぎち、

指なんかとは桁違いの熱と質量が胎内に埋め込まれていく。
痛みに顔を顰めたけれどシズちゃんは見てみぬふりをして、強引に押し込んできた。


「あ、ッあ、ぁ、あ…く、う…」

「………臨也」

「は、あ?あんッあ、あんん」

「臨也、臨也……、也……いざ、や」


目を開ける。
眉をひそめたシズちゃんが、酷く悲しそうな顔をしていた。

臨也、臨也、
シズちゃんが呼ぶ。
呼ばれるたびに、こそばゆくて仕方なくて、ワイシャツの肩口を握りしめていた手をその首に回した。

肉のぶつかり合う音がする。
胸がつまりそうで、悲しくもないのに涙が零れて。


ああ、どうして、そんな顔をするの?

あんたは妥協案だよ
俺だって、妥協案でしょ?

なのに、どうして、悲しそうに顔を歪めるの?
どうして、そんな優しい顔をするの?

わからない、シズちゃんだって妥協してるくせに


シズちゃん、ああ、もう



「あっ、あんッんん、あ、や、ぁあ!」

「もう、終わりだ」

「え、?あッ、んん、シズ、ちゃ、はぁッ」

「妥協、なんだから」

「あ、んん、ん」


そう言って、口付けてくる。
変だな、胸が痛い。
知ってたはずだ。シズちゃんが、俺のこと女を抱けない妥協で抱いてるくらい、知ってたはずだ。


それなのに、なんでこんなに苦しいんだ?
なんでこんなに、痛いんだ?
ねえ、なんで





「ひ、あッ、ぁああッ!」

「………ん、」




突きこまれて、どくどくと、腹の中に熱いものが注ぎ込まれる。
吐瀉した精液が、ボタンを開け放したワイシャツからのぞくシズちゃんの腹に飛末していた。

がくん、と体から力が抜ける。
倒れこむようにシズちゃんは俺の上に突っ伏してきた。
そのまま、抱きしめられて

もうシズちゃんは何も言わなかったけれど、不思議と俺にはシズちゃんが今どんな顔をしているのかわかっていた。


妥協、なのだ
こんな関係。


それなのに、それを拒絶したがるのは、なぜだろう。

こんな、形のない何かで繋ぎとめられた関係を失いたくないあまりに

俺たちは。



ねえ、シズちゃん

妥協しようか


あんたから、いつまでも

離れないですむように






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むくわれない両想い

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