「臨也さん?」







少年の、そんな声は
純粋に俺を心配しているもので、
俺の心中を伺うようなものでも、探るようなものでもない

ただ、本当に、どうしたの?と尋ねるような







「臨也さん、……今、夏っすよ?」






少年は、首を傾げた。
おそるおそるという表現がよく当てはまると思う。
少年、そう、少年と形容するにふさわしい、まだ少し幼げの残るその風貌に
ああ、俺はもう大人なんだなあとかどうでもいいことばかり思って。






「暑くないんすか?」






きっと、このコートのことを言っているんだろう。
暑くはない。
寒くもない。
ただ、なんとなく着ているだけだ。


正臣くん、

やっと開いた俺の口に、びくと肩を揺らしてこちらに目線をもどす少年は、
相変わらず心配そうに俺を見つめるけれど、なんとなく、その瞳の色が恐怖に染まっていると感じる。
怯えているのか?
ああ、そうだろう。
俺がこんなに目を伏せて、こんなにも黙りこくったことがあったろうか。
別に彼は悪くない。
何も、悪くない。

俺が呼び出した時間に、場所に、言われたとおりにやってきただけだ。






「…………臨也さん?」




俺より五センチ、小さな彼を抱き寄せる。
その肩に、顎をのせて



「正臣くん」


「はい」


「何でもない」


「……はあ」


「……………」


「…………………臨也さん」


「……ん?」


「やっぱり、暑そうっすよ」


「ん」


「臨也さん」


「ん?」


「どうしたんすか?」


「…………ん」







どうも、してない


ただ、ちょっと疲れているだけ。


彼の柔らかな髪に顔を埋めた。
だるい。
しんどい。



なんだろう、

この感じ。




「正臣くん、」


「……はい」


「……好きだよ」


「そうですか」




嫌いとも、好きとも、彼は言わない。

言わないくせに、俺の背中には腕が回されている。


慰められてるのかな。
なんか情けないな。


そう思ったけれど、別段どうするわけでもない。
せいぜい抱き締めた腕の力を少し強める程度。










紀田正臣に嫌われている自覚はある。
さすがに俺もそこまで鈍くない。
あれほどのことをしといて俺に怒りを抱かないほうがおかしい。
俺のことが殺したくて仕方なくなるような、だけどそんなことをできるほど自分は強くないということを認知させるような
そんな悪意を抱いて彼に接していたのだから、
恨まれるのは当然だ。



なのに、いつからか、彼は俺のもとへ戻ってきていた。
昔、神は信じないけれど、過去や思い出や結果なんてものは、確立していて、それこそが神になりかわるのだと、持論をぶつけてやったことがあった。
だから、これもそういうことか?
過去……そう、俺はこの子の過去。
俺は、正臣くんの過去に、なる。
つまり、神に




どうだろう。
だからなのだろうか。

俺を否定するでもなく
どうするわけでもなく

彼は、俺のもとへ戻ってきた。

それは完全に想定外で
だけど心のどこかで期待していたことに気付いた俺は


その気持ちに、好きだという名前をつけて今日まで彼に押しつけてきた。




正臣くんがわからない。



わかろうとすればいつでもできる。
だから、そうせずに

呼んだら彼は文句もいわずに来るもんだから、それに甘えて




「臨也さん」


「………」


「俺、言わなきゃいけないことがあって」


「………聞かない。」


「え、」


「そんなの、聞かない。俺が来てって言ったんだから、君が何か言う資格なんてないの」




顔が見れない。
なんか、不安になる。
抱き締めているのに、遠く感じて。


君が俺のこと嫌いなのは知ってる。
よく知ってるよ。
だから、君の言うことなんて聞きたくない。
俺は君が好きなの。
君が、好きで、







ち、ち、


時計の針の音が耳についた。
それはそれは、静かで。
耳鳴りがするほどに、静かで。


俺の呼吸と、困り果てたような正臣くんのため息だけが、大げさに響いた。


もうどれほど、抱き締めているだろう。


夏だというのに、正臣くんは震えていた。
そりゃそうだ。
これだけ冷房のききすぎたこの部屋に、長い間いるのだから。

寒いに決まってる。






「寒い?」


「…………そうすね」


「……んしょ」


「……………」


「温かい?」


「……はあ、あんまり変わりません」





ロング丈のコートで包むように抱き締めなおしてやる。
コートごしに回されていた手は、今度はコートとVネックの間に入ってきた。
さっきより、肌同士が触れ合っている感じがして、少し安堵する。

理由は何だと言われると困るんだけれど、




「臨也さん」


「………うるさい」


「聞いてください」


「聞かない」


「お願いします」


「…………、…」






ぎゅう、と布の擦れる音がした。
苦しそうに正臣くんは呻いたけど、苦しくて何も言えなくなればいいともっとキツく抱き締めて









「好きです」







「………嘘吐き」


「好きです」


「嘘」


「嘘じゃないっす」


「じゃあ証明して」


「……………」


「………………」


「…どうしたらいいんですか」


「知らない」


「どうしたら満足してくれますか?」





「じゃあ抱かせて」







最低だな、俺


疑心暗鬼になっているとはいえ、これはない。
でも、正臣くんも悪い。
どの口が、好きだなんて言うのだろう。
どこをどうしたら、俺のことなど好きになるのだろう。
だって君、女の子好きじゃん。
なにそれ。何で俺なの?




ぐい、と身体を離された。
背中の手もするりと抜かれて



「そうしたら満足するんですか?そうしたら、信じてくれるんですか?」


「ううん」


「……………」




甚く悲しそうな目だと思った。
傷付いたかな。また。
怒るだろうか。
怒鳴って、出ていくくらい、してもいいだろう。


なのに、そうしない。



なんで、


なんで。




「臨也さん、俺、」


「もういいよ」


「好きなんです、」


「嘘」


「本当……です。臨也さん!」


「……………」


「…、あ……」





どさりと、床に引き倒して、頭の上で両手首を掴む。
彼は、ひく、と喉を鳴らして俺を見た。
怖がってるなと、思ったけれどそんなの、どうでもよくて



「臨也、さ……ん、む…」





唇を塞ぐように重ねた。


最初こそぴくりと身体を強ばらせたけれど、抵抗もしない。


くちゅ、


離れた唇に、はっと熱い息をついて。



「……臨也さん」


「………ごめんね」



腕を離す。
どうかしてた。

血が上ったように頭がかっかと熱くなる。
ああ、本当に、どうかしてる。


身体を離して、へたりこんだ。
なんだ、これ

なんでこんな気持ちになる

わからない、
わからない、わからない




どうしようもない、



「………臨也さん」







重ねられた唇は、

戸惑う俺を宥めるように、優しいもので
ああ、愛しいなんて、思ってしまって



「………は、」


「好きなんです」


「…………どうして、」


「わかりません」


「意味、わかんない」












なんか、泣きそうになってきた。

一方通行の、愛のはずだった。
それに慣れていた。
人への愛も彼への愛も
全部一方通行。

返ってくるわけのない、愛のはずで



返ってくるとしたらシズちゃんとの嫌いという関係くらい。


だから、はっきり言ってどうしたらいいのかわからずに、愛されるということに不慣れな俺は、この子を突き放すことしかできなくて




「臨也さん」


「……信じないから」






それでも、彼が好きで


ああ、きっと、いつまでも一方通行な愛なの。

俺からも

正臣くんからも



きっと、そのまま




でも本当は心の中では彼を信じているのかもと、自分自身にも疑心暗鬼になったまま
愛され慣れていない孤独な俺は、多分、この世界で唯一自分を愛してくれる少年を抱き締めることしかできない。





(信じてないよ)

(でも放してくれないんすね)

(…………ん、)




―――――――――
なにげ初めて
臨正………正臨?
好きですよ


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